English

生物多様性コラム

自然に学ぶものづくり

長島孝行
東京農業大学・大学院 教授、ニューシルクロードプロジェクト 代表

自然というしなやかなシステム

「自然」は、しなやかさを持ったひとつの「システム」である。当たり前のことかもしれないが、一人の科学者として最も重要視している点である。そして、「自然のもの」や「生きもの」は、普通に存在する軽元素をマテリアルにして常温・常圧でナノレベルまで及ぶ完璧なものづくりを行う。更には、そこに研ぎ澄まされた機能性と安全性を持たせている場合が殆どである。
 

人間はこれまでその自然の「もの」を真似て偽造品をひたすら作ってきた。しかも、その素材は石油という枯渇するひとつの資源に集中させてしまった。結果的に、20世紀後半にはものと利便性溢れ、一見豊かな「地球社会システム」が誕生したかのようにみえた。ところが、人の心はこれと平行することなく、むしろ両者には隔たりが生じ、「不安」だけが人の心に積もっていく現象が見え始めた。本来科学技術は人類に夢と勇気を与えるのが役目のはずなのに、どういう訳か現代はそうなっていないように思えてくる。

 

人類には真似できないものがある

街角で聞く言葉にハッとしたことがある。それは献血車の前で聞こえる「血液は人工で作ることはできません」である。科学者の中には科学にはできないものはない、という研究者もいる。しかし科学がどれだけ進歩しても、できるものとできないものがある、ことを認識することが社会を持続させる上で重要なキーワードだと思っている。


例えば、ヤモリの足は裏に生えているミクロンレベルの細い毛が空気を押しのけることにより、様々な場所への接着が生まれる。決して吸盤や粘着物質があるわけではない。この微細な構造を靴底や手袋に人工的に作れば、壁やガラスの側面なども簡単によじ登れることができる。しかし、このものづくりには二つの問題がある。


一つは、この微細な構造物などを相変わらず石油から作っていることだ。残念ながらバイオミメティックス(生物模倣科学技術)にはその手のものが多い。生物のものを真似て石油で作る、という20世紀後半の科学から脱却できていない。枯渇する資源をひたすら消費し、人類だけが一時的恩恵で生活を築く。これでは、30世紀まで持続することはできない。


二つめは、ヤモリの足裏の微細構造が模倣できた段階で、もはやその真似られた側の生物、つまりヤモリは地球上から消失しても問題ない存在になることである。これでは生物の多様性の保護の概念は生まれてこない。やはり、持続する可能性は低い。

 

持続するものづくりとは

 21世紀以降のものづくりは、自然に学ぶ(真似るだけではない)、自然のものを使う(再生可能資源の利用)、ローテク、低エネルギー、脱石油技術であることが望ましい。つまり、「持続するものづくり」は、自然のシステムに逆らわず、自然と社会が車の両輪のごとくうまく連動しながら、資源の循環を可能にする技術だということだ。

 

玉虫.JPG

 ヤマトタマムシは色素を利用せず、あの綺麗な色を出す。しかもどの個体もピンクや黒色を出すことなく必ず緑、紫の縞模様を作りだす。これは、表皮(皮膚)外層部の層状構造をナノレベルでピタッとサイズを揃えることで、それぞれの色を作り出す。実にすばらしい。しかも温度や湿度など羽化する時の条件に差があっても同じ配色にできる。材料も特別なものは用いず軽元素だけを使って常温、常圧下で作りあげる。

この色素ではなく自ら発色するメカニズムを利用して、私達はステンレスに応用した。これなら石油系の塗料も含まれず、ステンレス表層近くのナノ構造によって自らが発色し、しかもオールステンレスの為、リサイクルが出来る。これなら50点のものづくりだ。しかもこの方法を用いると変色することも、錆びることもない。しかも強度も増す。

現在私達は200色近い色を再現できるようになった。ステンレス製のキッチンがピンクや黄色のタマムシ発色だったら台所に立つのも楽しくなるのではないだろうか。また、やがてこの技術が車などのボディーに用いられれば、変色することも、ワックスを使うこともなくなる。しかも、簡単に車のボディーが車のボディーにリサイクルできる。素晴らしいことだと思います。同様にチタンでも作成することが出来、既に昨年のロンドンオリンピックのモニュメントにも使用された。ちなみに、ロンドンオリンピックのテーマは、「持続性」であった。

 

虫の落し物を用いる

金色に輝く繭を作るガの幼虫がインドネシアに生息している。かつてこの虫(クリキュラ)はアボガドの葉を食い荒らす害虫として知られていた。これを利用しようと考えもあったが、誰もがこの繭から金色の糸を作ろうと考えた。
 

繭.JPGそこで、私は次のような提案をした。金繭はファブリックにすると金色の輝きはなくなり、薄茶色のものしかできない。これはナノ構造が壊れることが原因の一つで、どうやっても不可能である。私は、金色の糸を目指すことやめて、この金色の輝く繭をそのまま広げてデンプンで接着させ壁紙のようなものづくりを提案した。これなら、作業が簡単なだけでなく金色が消えることもない。しかも成虫が出ていった(羽化した)後の虫の落し物を利用するだけで、虫の減少には絶対に繋がらない。これが名古屋で開催された「愛・地球博」の日本ゾーン「中部千年共生村」パビリオンの外壁になったのは話題となった。この時にインドネシア側で最大限の協力をしてくれたのがインドネシア王女である。


その後、このインドネシアでのものづくりはランプシェード、ハンドバックなどにも利用されるようになり、更にはその後の私たちの研究によって、繭糸の中に驚くべき量のルテイン(緑内障などの薬として知られ、植物のマリーゴールドなどに多く含有)が含まれていることが分った。王女らとの共同で、現在では大人達が作る金色の壁紙だけでなく、子供たちが作る繭を小さくハサミで切ったシルク金箔、さらには糸を作る段階で出来る廃液からルテインを抽出するものづくりなど、ゼロエミッションで様々なものが作られるようになっている。
 

コスメ.JPGまた、このクリキュラという自然の生き物はアボガドの葉を全て食い荒らすような無謀なことはしないことも理解され、過去の害虫は今や国を救う益虫となっている。更には製品で得られた所得の一部は、アボガドの植樹支援に回っている。正に「虫と植物と人」が良い関係で成立したインドネシアならではの持続性の高い自然に学ぶものづくり、だと云えると思う。こんな事例がまだまだ沢山あるが、紙面の関係で今回はここまでとします。





進化の中で研ぎ澄まされてきた生きもの達の不思議な力。そんな力が地球上には無限に近い形で存在する。そのソフトマテリアルの機能や構造を解明し再生可能資源によるものづくりに活かす。これが私の提案したインセクト・テクノロジーであり、千年持続社会を目指す科学技術である。


図1:タマムシは自ら発色するナノ構造を持っている。洞爺湖サミット会場に隣接したゼロエミッションハウスには、再現された玉虫厨子とタマムシ発色のステンレス花瓶が両サイドに置かれた。

 

図2:世界に生息する昆虫の中には、菌、銀、銅に輝く繭を作る種もいる。またある種ではラグビーボール大の巨大繭を作る虫もいる。

 

図3:繭の95%はタンパク質である。体内ではシルクは液状である。この液状のシルクに戻してシルクタンパク質を基盤にした機能満載の生物多様性コスメ。                         

 

 長島孝行(ながしまたかゆき)氏プロフィール


 

農学博士。東京農業大学農学部教授。東京農業大学大学院教授。ニューシルクロードプロジェクト代表。
日本野蚕学会評議委員、千年持続学会理事、オーガニックコスメ協会理事、日本マイクロナノバブル学会理事、
富岡シルクブランド協議会顧問他 
日本学術会議学会委員、日本学術フォーラム委員(科学技術庁2000)、
千年持続社会に向けた科学技術のあり方に関する調査委員(文部科学省2001)、
文部科学省「未来を創る科学者達」に採択2003年度、2010年度
生物多様性日本アワード審査委員(2012年度、イオン財団)
自然に学ぶものづくり審査委員(2000年~)

著書
蚊が脳梗塞を治す!昆虫能力の驚異(講談社α新書)、
千年持続社会―共生・循環型文明社会の創造(日本地域研究所、共著)
昆虫テクロノジー研究とその産業利用(シーエムシー出版、共著)、バイオテクノロジー概論(培風館)
インタビュー本として、茂木健一郎 脳は天才だ!(日経サイエンス編、日経ビジネス文庫)、
テクノロマンインタビュー明日の技術を夢見る研究者に聞く(商工中金経済研究所)、
自然にまなぶ!ネイチャーテクロノジー(Gakken)、心をそだてる科学のおはなし人物伝101(講談社)、
地球大学講義録3.11以降のソーシャルデザイン(丸の内地球環境倶楽部、日本経済新聞出版社)他多数。

イベント 愛知万博「愛・地球博」中部千年共生村生物力監修、 洞爺湖サミット科学技術プレゼンテーション委員。 
Silk Diversity(国連大学)、シルキークリスマス(大手町ビル、横浜シルク博物館)、
シルクの現在過去未来(食と農の博物館) 他 多数

メディア出演:モーニングバード「ネイチャーテクノロジー」、BS朝日「高校生の科学教育ISEF」TBSネプ理科レギュラー、
新報道2001、ほんまでっかTV、近未来予測テレビ他多数
ラジオ出演多数。雑誌取材多数

English