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生物多様性コラム

野生猛禽類との共生をめざして ~環境治療の最前線から~

齊藤慶輔
猛禽類医学研究所 代表・獣医師

図1 シマフクロウ

猛禽類医学研究所は、北海道釧路市にある環境省釧路湿原野生生物保護センターを拠点に、保全医学の立場からオオワシ、オジロワシ、シマフクロウなど、主に北海道内に生息する希少猛禽類の保全や研究活動を行っている。センターには生体だけでなく、その数を遙かに上回る死亡個体も収容されており、傷病・死亡原因の究明は、診察や死体の病理検査によって行われている。幼若個体の採餌不良や感染症などによる自然死も存在するが、収容原因の多くは事故や中毒であり、そのほとんどが何らかの形で人間活動が関与しているものである。衝突事故(車、列車、風車等)や感電、環境汚染物質による中毒などが大半を占めるが、採餌環境の破壊がもたらす栄養性疾患など、間接的でその弊害が時間差を経て出現するものも確認されている。

 

図2 猛禽類

大型猛禽類の事故は、その特徴的な生態と深い関わりがある。例えば、監視や探餌のために見晴らしの良い場所を頻用するため、感電する恐れのある送電鉄塔や配電柱に好んで留まろうとする。また、餌を獲りやすい環境に依存しやすい習性から、シカなどの轢死体を求めて道路や線路に頻繁に飛来し、車輌や列車との衝突事故が多発している。餌資源に毒物が混入し、大きな被害がもたらされている例としては、鉛製の銃弾(ライフル弾と散弾)が撃ち込まれた狩猟残滓を採食する事に起因する鉛中毒がある。さらに、飛翔の際に上昇気流を利用し、安定した強い風が吹く場所を移動経路として多用するため、風力発電用の風車との衝突事故(バードストライク)が全道で頻発している。猛禽ならではの習性が事故を誘発させる原因となっているのである。

 

環境の変化への適応能力や食物連鎖上の捕食、一般的な感染症など、「自然界のルール」に則った淘汰は遙か昔より繰り広げられてきた。しかしながら、人間活動がもたらす各種の事故や中毒、大規模な生息環境の破壊は、短期間のうちに野生生物に大量死をもたらす危険性がある。一方、人間が関与しているが故に、至ったプロセスや具体的な原因が明らかになった場合には、人が速やかに対処することによって発生件数を短期間のうちに大幅に減少させることができるとも言える。これらを未然に防ぐためには、被害に遭った個体を精査して発生状況を推察し、その原因や誘発要因を排除する、いわゆる“事故の元栓を閉める”という考え方が極めて重要である。

 

個体の救命に努めるとともに、彼らの苦痛や命を無駄にしないためにも怪我や病気の原因究明を徹底的に行い、再発防止につなげるため考えうる対策を着々と進めていくことが重要だ。特に事故などの人為的な野生動物との軋轢については、同じことを繰り返させないためにその根源を断つことが大事であるが、この人間と動物を育む自然環境を健全で安全なものへ変えていく取り組みを、私は「環境治療」と名付けて活動の基軸としている。環境治療により人為的な傷病の発生を予防することは、自然界のルールによって生態系のバランスを保ち、その健全性を向上させることにもつながるのである。

 

猛禽類医学研究所では、様々な事故に対する予防対策を、野生復帰が困難となった希少猛禽類を、環境省の許可を得て活用しながら考案している。例えば感電事故の予防にあたっては、猛禽類を送配電設備の危険な箇所に接近させないための感電防止器具の開発や有効性の検証を、実際に被害に遭っているワシ類などを用いて実施している。近年大きな問題となっているバードストライクに対しても、オオワシやオジロワシが風車のブレードをどのように認識しているかを解明するための視認性試験や、有効な予防対策を考案するための忌避試験を、後遺症などにより野生復帰が困難となった個体を用いて執り行っている。

 

近年、北海道に生息する大型希少猛禽類で特に問題になっている感電事故と鉛中毒を例に、環境治療に関する取り組みの具体例を紹介したい。

 

 

感電事故

図3 バードチェッカー

 

猛禽類は習性上、見晴らしの良い送・配電柱をとまり木として多用するが、この行動が感電事故を助長し世界中で問題となっている。近年、道内で発生した大型猛禽類の感電事故は、2013年までにオオワシで25件、オジロワシで9件、シマフクロウでは13件が記録されている。これらの感電事故の多くは、鉄塔に留まろうとした際に電線に接触もしくは接近して発生する。電気設備の状況や被害鳥から得られた情報を元に、事故の状況や発生場所、鳥の姿勢や通電部位などを把握することは、再発の防止や予防策を考える上で重要な手掛かりとなる。

 

新設する送配電設備に対しては、周辺域に生息する猛禽類が電力柱にとまった際に、安全が確保されるような設計を採用することが重要である。一方、既存の送配電設備に対しては、猛禽類を危険な場所に接近させないための器具(バードチェッカー*)の設置や、安全なとまり木の設置と誘導が必要となる。猛禽類医学研究所では、電力会社の協力の下、感電防止器具の開発や有効性の検証を、実際に大型猛禽類を用いて実施しており、成果のあったものは道内で運用中の送・配電柱、約1800カ所で採用されている。

 

図4 バードチェッカー

バードチェッカー 注記

 

 

鉛弾による鉛中毒

 

図5 レントゲン

北海道では、1990年代後半よりオオワシやオジロワシの鉛中毒死が相次ぎ、大きな社会問題になっている。道内ではエゾシカ猟が盛んに行われており、射止められたシカは通常猟場で解体される。この際、被弾した部分は食用に適さないため、そのまま山野に放置されることが多い。これらの死体の被弾部には鉛弾(主に鉛ライフル弾)の破片が数多く残っており、オオワシやオジロワシが肉ともに食べ、重篤な鉛中毒に陥っている。

 

 

 

 

鉛弾による猛禽類の鉛中毒死は、1996年にオオワシで初めて発見されてから、これまでに160羽で確認されている。これらの多くが、釣り人やハイカーなどによって偶然発見され、特別な検査によって鉛中毒と診断された数である。ワシ類の大部分は厳冬期に渡来し、雪深いエゾシカ猟の猟場で鉛中毒死することが多いため、確認されている被害個体は氷山の一角に過ぎない可能性が高い。

 

オオワシやオジロワシの鉛中毒が多発したことを受け、私達は環境治療の一環として行政や猟友会に対して銅弾など無毒弾への移行を促してきた。その結果、北海道は告示という形で2000年度の猟期からエゾシカ猟における鉛ライフル弾の使用規制を開始し、さらに翌2001年度より、シカ猟用鉛散弾の規制にも踏み切った。また2003年度には、狩猟によって発生する獲物の放棄についても規制が加えられ、さらに2004年度からは、ヒグマ猟を含むすべての大型獣の狩猟を対象に道内での鉛弾が使用禁止となった。

 

図6 搬入

しかしながら、エゾシカ猟で鉛弾の使用が禁止された2000年から2013年春までに、68羽のオオワシと29羽のオジロワシが高濃度の鉛に汚染された生体や死体としてセンターに搬入されている。さらに、ワシ類の鉛中毒が依然として発生している現状は、現存する鉛弾規制の遵守が不徹底であり、問題の解決には至っていないことを証明する結果となっている。

 

シカ猟は全国各地で行われており、海ワシ類よりも分布域が広いイヌワシやクマタカなどの猛禽類も鉛の被害に遭っていると考えられる。道内では実際に、クマタカの鉛中毒死も複数例確認されており、この問題が北海道に限らず発生していることが示唆される。

 

現状の規制が鉛弾の使用の禁止にとどまり、販売や購入、所有については何も制限がなされていないこと、また、現行犯以外での取締りが極めて困難であることなどが、この問題を長引かせる大きな要因になっている。さらに、鉛弾の規制が無い本州以南のハンターが道内に鉛弾を持ち込み、シカ猟の際に使用している可能性も高い。

 

2013年10月、アメリカのカリフォルニア州で狩猟時に鉛弾の使用を禁止する法案が成立した。鉛中毒の防止を目的とした鉛弾規制は、今や世界的な流れになりつつあるのだ。2014年10月から、北海道では「北海道エゾシカ対策推進条例」によりエゾシカを捕獲する目的での鉛弾の所持が禁止となった。しかしながら、鉛中毒の根絶を実現することができる唯一の抜本策は、全国規模ですべての狩猟から鉛弾を撤廃することである。希少種の大量死を食い止めるため、一刻も早い実現を目指すべきだ。

 

生態系や生物多様性の保全を効果的に進めるにあたって、人間生活が野生生物にもたらしている軋轢を、人間が責任を持って速やかに排除するというスタンスに立つことが重要である。傷ついた野生動物が自らの命や痛みと引き替えに、我々に伝えてくる様々なメッセージを丁寧に読み解き、それをヒントにして具体的な予防対策を講ずることが急務だ。また、国民一人ひとりが野生動物と共に生きていることを自覚し、人間社会が作り出している軋轢を、責任を持って排除する「環境治療」に、各々の視点と立場から積極的に取り組むことが何よりも大切だと思う。

 

図7 猛禽類

図8 ワシのなる木

 

 

 

関連ウェブサイト

猛禽類医学研究所のHP

齊藤慶輔のFaceBook

近著 「野生の猛禽を診る」2014 北海道新聞社

 

 

 齊藤慶輔(さいとう けいすけ)氏  プロフィール

 

1965年、埼玉県生まれ。獣医師。

幼少時代をフランスで過ごし、野生動物と人間の共存を肌で感じた生活を送る。1994年より環境省釧路湿原野生生物保護センター(環境省)で野生動物専門の獣医師として活動を開始。2005年に同センターを拠点とする猛禽類医学研究所を設立、その代表を務める。絶滅の危機に瀕した猛禽類の保護活動の一環として、傷病鳥の治療と野生復帰に努めるのに加え、保全医学の立場から調査研究を行う。近年、傷病・死亡原因を徹底的に究明し、その予防のための生息環境の改善を「環境治療」と命名し、活動の主軸としている。テレビ番組プロフェッショナル仕事の流儀、ソロモン流、ニュースゼロなどに出演し、多くの反響を集める。2009年冬、東宝映画「ウルルの森の物語」の主人公のモデルとなる。

世界野生動物獣医師協会理事、日本野生動物医学会理事、環境省希少野生動植物種保存推進員。

 

著書に「野生動物救護ハンドブック」(共著) 1996 文永堂出版、「Raptor Biomedicine Ⅲ 2001 Zoological Education Network 」(共著)、「生態学からみた野生生物の保護と法律」 2003(財)日本自然保護協会編 講談社(共著)、「日本の希少鳥類を守る 」2009 京都大学学術出版会(共著)、「野生動物のお医者さん 」2009 講談社、「野生の猛禽を診る 」2014 北海道新聞社などがある。

 

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