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Q&A Biodiversity and Us

自然の中の台風

8月、9月は1年を通して日本に多くの台風が接近・上陸する季節です。近年では局所的な豪雨や暴風雨も増えており、台風や前線による大雨によって、河川の氾濫やがけ崩れ、地すべり、土石流等、人々の生活や生命が脅かされるような自然災害が度々発生しています。台風は人間にとって自然の猛威を感じさせる存在ですが、人間以外の生物にとってはどのようなものなのでしょうか。たとえば、台風と生物多様性の関係などについて教えてください。

この分野の研究を行ってきた立命館大学の熊谷道夫先生に教えて頂きました。

回答者:熊谷道夫
立命館大学 総合理工学研究機構 チェアプロフェッサー(教授)
独立行政法人海上技術安全研究所 水中工学センター 特別研究員

Q1

台風とは、どのようにして発生するのでしょうか? 台風の発生と地球の自転には関係がありますか。
また、台風の目とはどんなもので、そこはどんな状態になっているのでしょうか。

A

台風は、西太平洋や南シナ海の東経100度から180度の範囲にあって赤道の北に位置する領域において発生する熱帯低気圧が発達した地衡性渦の一種です。つまり、気圧勾配コリオリ力(地球の自転効果)そして遠心力のバランスによって回転している渦です。太陽熱によって海面が暖められると、大量の水蒸気を含んだ上昇気流が発生します。これが上空で冷やされて水蒸気が凝結する際に熱が発生します。そうすると大気は暖かくなり、さらに高く上昇します。こうして、大気の対流がどんどん大きくなり、吹き込む風も強くなります。対流が大規模になると、地球の自転の影響によって時計と反対周りの大きな渦となります。これが熱帯低気圧で、さらに発達して風速が34ノット(秒速17.2メートル)を超えると台風と呼ばれます。台風の中心付近にある煙突状の上昇気流の中では、補うために空気が下向きに流れます。人工衛星の写真で見ると、中心には雲のない透き通った穴が見られます。これが台風の目です。この中では風の向きと強さが相殺されることによって、無風に近い状態が保たれています。

Q2

台風は生物多様性にどのような影響を与えるのでしょうか? 台風による洪水や土砂崩れで生物の多様性は失われるのでしょうか。
それとも、台風に関連して、生物多様性が損なわれるような理由が存在するのでしょうか。

A

台風が生物多様性に与える直接的な被害は、生物種の損壊です。例えば洪水や土砂崩れなどによって貴重な動植物が流出や埋没し、原形をとどめない場合などです。しかし、長い歴史の中でこのような自然災害はたびたび繰りかえされており、外的な擾乱の結果、現在の生物多様性が創出されてきたと考えることもできます。したがって、短期的に見れば台風によって生物多様性は失われる場合がありますが、長期的に見れば生物多様性を作り出す効果もあるといえます。もっと深刻な事象は、台風そのものの影響ではなく、台風が多発するような水環境の変化によるものです。最初の質問に対しても述べましたが、海表面の温度上昇が多くの台風を産み出す要因となっています。実は、このような水面温度の上昇が、海洋や湖沼における生物多様性を減少させています。これは、温度上昇が生物に影響を与えるだけでなく、深さ方向の温度勾配が大きくなることによって深層水に含まれる栄養塩が上方に輸送されにくくなることが原因となっています。こうして太平洋や瀬戸内海・琵琶湖などの水表面近くでは生物の多様性が失われつつあります。

Q3

ときに台風は、人間の生活に甚大な被害をもたらします。生態系にとって、台風は必要なものなのでしょうか?

A

台風に限らず、一般的に低気圧は地球の水循環に大きな役割を果たしています。もし低気圧がなければ、蒸発した水蒸気は上方へ輸送されません。結果として雨が降らなくなり、大陸では砂漠化が一気に進むことになります。特に、私たちが住んでいる東アジアモンスーン域は、季節的に発生する台風のおかげで熱帯地方から大量の水分補給を受けています。また、強い風は沿岸や湖沼を大きく攪拌するので、底泥がかき混ぜられ十分な酸素が供給されることになります。このことによって、酸素の少ない土壌や深層水が酸化され、生物の新たな生息環境を作り出します。また、上流に生息する生物種が下流に移送されたり、強風で種子が遠くまで輸送されたりすることが、生物の繁殖域の拡大にもつながります。台風は人間にとって災害をもたらしますが、人間以外の生物にとっては新たな生息環境を創出する外力ともなりえます。健全な生態系を維持するには、台風のような強力な外的攪拌が時には必要なのです。

熊谷先生、どうもありがとうございました。

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