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Q&A Biodiversity and Us

スローフード、30周年

1986年、スローフード運動はイタリア・ピエモンテ州の小さな町「ブラ」で始まりました。世界的なファストフード店がローマに出店したことをきっかけに、美食の会「アルチゴーラ」のメンバーが、地域の天然食材による伝統的で文化的重要性の高い、多様な料理を楽しむ「スローフード」の大切さを呼びかけたこの運動は、次第に広がりを見せ、1989年にはスローフード・マニフェストがパリで調印されました。スローフード運動が始まってから30年が経ち、現在、スローフード運動は150カ国以上に1,500を超える支部を持つ、世界的なムーブメントとなっています。
このスローフードという運動を通して、農業、地域振興、政策という側面から生物多様性について考えることができるのではないでしょうか。

農業生物多様性、政策研究等に造詣の深い東北大学の内山愉太先生に教えていただきました。

回答者:内山 愉太
東北大学大学院 環境科学研究科 産学連携研究員

Q1

農業は生物多様性に、どのような影響を与えるのでしょうか。

A

農業は、土地利用や農業のやり方を通して、生物多様性に最も大きな影響を与えている活動といっても過言ではありません。まず農地のなかで大量生産・消費型の農業は、広大な面積で種類の少ない作物を育て、農薬を高頻度で利用すること等により、産地の生物多様性を減少させます。人類は7000種を超える作物を栽培してきましたが、近年ではコメ、コムギなど主要な9品目で人口の大多数を養うように変わってきました。このような「効率化」の陰で、野生種を含む多くの農産品の多様性を失うことで、私たちは将来の気候変動や疫病などへの変化の「保険」を失っています。少品種の大量生産ではシステムとしても、作物を遠隔地まで輸送する際に大量のエネルギーを必要とし、その際に排出される温室効果ガスによって気候変動や、それに起因する生息地の変化や劣化を促進してしまいます。
一方で、スローフードに関わる農業は、地域の伝統的な産品を食文化と合わせて継承し、生物と文化の多様性を同時に保全する側面もあります。地産地消を行うことから、輸送に必要なエネルギーも削減可能です。さらに、科学的ではなく、遅れているとみなされがちな在来品種伝統野菜等の各地域で培われた産品には、優れた機能性、栄養素を有しているものもあり、健康面にも有効な場合もあります。

Q2

スローフードを政策の中で活かしていくことはできるでしょうか。

A

国際機関、国、自治体等の連携による政策が進められています。例えば、国連食糧農業機関(FAO)は、スローフード運動と親和性の高い施策を打ち出しており、世界農業遺産認定は、その内の主な柱の一つです。また、産品の認証制度として、地理的表示の保護制度など公的な機関が栽培方法や生産について登録や保護をする仕組みも存在し、日本でも2015年にスタートしました。
世界農業遺産は、産品や景観等のモノを対象とするのではなく、地域の農業システムを対象としており、スローフードを実現する営みを認定し、育てようとする試みともいえます。国内版の日本農業遺産認定も2016年度よりスタートし、国内外の連携が強められつつあります。ただし、少品種・大量生産型の農業を推進する国際的潮流は根強く残っています。そのため、単なる産品のブランド化に陥らずに、生活の中に農林漁業、畜産業を位置付け、生産から消費の持続可能な循環を統合的に後押しする政策が求められています。

Q3

スローフードを生かした地域振興策には、どのようなものがあるでしょうか。

A

地域振興策の例には、伝統野菜を活用した取り組みがあります。スローフード運動は、地産地消の促進、地域の伝統的産品や食文化の継承を含みます。伝統野菜は、仙台の余目ネギ、東京の練馬大根、金沢の源助大根、名古屋の八事五寸人参など、各地に多様な産品が存在し、産品を通した地域歴史・文化の理解を基礎として、食農教育や観光と結びつけ、生産・消費の活性化が目指されています。
中でも練馬区においては、積極的に都市農業が展開されつつ、伝統野菜を栽培、普及する活動が同時になされており、持続可能なスローフードの芽が都市部でも育てられています。また、それらの活動は、農業遺産等の地域認定や、地理的表示等の産品認証によって後押しすることも可能です。


写真:練馬区の都市農業の風景(撮影 内山愉太)

Q4

スローフードは、私たちのライフスタイルを変えていくでしょうか。

A

地域・地球環境、歴史・文化と共生するライフスタイルとスローフードは結びついています。スローフードを求める人々は着実に増加しており、その動きは食を入り口にライフスタイル全体を問い直そうとする国際的なトレンドとつながっています。
スローフード運動が多くの人々を引き付けるのは、地域の食を次世代につなぐことに様々なかたちで貢献していることによって得られる喜び、安心感があるからですが、そのことが地球・地域環境の保全、社会のつながり、経済循環の促進にまでリンクしているという事実もスローフードの魅力の根底にあると思います。地域で食を共有するライフスタイルを、楽しみながらかたちづくることは、災害時にも柔軟に対応可能な社会をつくることでもあります。

内山先生、どうもありがとうございました。

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