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打ち水

夏の盛り、日が陰る頃にいくぶん暑さが和らぐと、家の中よりも外の風に当たる方が過ごしやすいことから、「夕涼み」という習慣が生まれました。家の前に置いた縁台で将棋をさしたり、浴衣を着て花火に興じたりという光景は、日本の夏の風物詩でした。

 

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 夕涼みに欠かせないのが、「打ち水」です。打つという言葉には、古来「撒く」という意味もあり、打ち水とは、文字通り水を撒く行為です。木桶やバケツに溜めた水を、ひしゃくや素手でサッサッと地面に撒けば、思いのほか空気がひんやりと感じられるものです。

 

 打ち水は、茶道にある作法が発祥といわれています。江戸時代には、夏の暑さを和らげるだけでなく、道の土ぼこりを抑えるという面でも、庶民の暮らしに浸透していきました。その後道路の舗装が進み、エアコンが一般家庭に普及すると、打ち水や夕涼みという習慣は影をひそめました。

 

 しかし近年では、都市化によるヒートアイランド現象やエネルギー問題などが取りざたされるにつれ、打ち水の効果があらためて見直されるようになりました。2003年から「打ち水大作戦」と銘打った、打ち水推奨イベントも全国各地で開かれています。

 

 水を撒くことで発生する気化熱によって、地面の温度が1℃~2℃下がることは、科学的にも実証されています。ただし日中の炎天下に撒くと、かえって湿度が急上昇して体感温度が上がってしまうという逆効果も指摘されていますから、打ち水は朝早くか夕方以降が良いようです。また「打ち水大作戦」では、エコの観点から水道水ではなく溜めておいた水やお風呂の残り水を使うことが推奨されています。

 

 さて、打ち水の効果というものは、実証的なデータだけで計れるものなのでしょうか。効率的に水を撒くのであれば、水圧の高い散水機(スプリンクラー)やホースを使う方が理に叶っていますし、また高層住宅では、打ち水の恩恵は受けにくいともいえます。

 

 打ち水とは、その実際的な効果以上に、日本人の精神性と結びついた行為であると思います。例えば、由緒あるお店の玄関前、石畳の上にていねいな打ち水が施されている光景に出くわすと、何とも清清しい気持ちになるものです。

 

 川風や海風しかり、水を通して感じる風は、人工的なものとは違う心地よさや精神的な癒しを与えてくれます。日本人にとって、「水」は自然の恵みの象徴であり、穢れを清める神聖なものです。水を打つというのは、人が水に触れ、水を感じ、水に感謝する行為ともいえるのです。

 

 打ち水をした路地裏で、夕涼みをしながらご近所の人たちと触れ合い、同じ時を共有するということもまた、古くて新しい夏の過ごし方として見直されていいかも知れません。

 

                                                                                    (鈴木健司)

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