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温泉

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寒さを感じる季節ともなると、なおさら恋しくなるのが「温泉」です。都会生活者であれば、温泉でなくても、近所の銭湯の大きな湯船にゆったりと浸かれば、心身ともに温まり、疲れが取れるという人は多いでしょう。

 

 日常生活における入浴という行為は、世界的に見れば必ずしも一般的なものではありません。日本人が海外に行って真っ先に恋しくなるのは、日本食よりもお風呂だともいわれます。

 

 2004年、和歌山県熊野古道の湯垢離場「つぼ湯」は、公衆浴場として初めて世界(文化)遺産に登録されています。日本古来の入浴の文化は、実は世界遺産という形で認められているのです。

 

 なぜ日本人は、入浴を好むのでしょうか。一説には、日本人の清潔好きがそうさせるのだといわれます。しかし、身体の汚れを落とすだけなら、シャワーの方が効果的なのです。日本人はやはり、入浴することに特別な意味を見出しているのではないでしょうか。清潔好きだから入浴するのではなく、入浴が好きだから(結果として)清潔なのだという方が、腑に落ちる気がします。

 

 日本人と温泉の関係は、約6000年前の縄文時代にさかのぼるという説があります。国内最古の書物である『古事記』や『日本書紀』には、はっきりと温泉についての記述が見られますから、かなり長い付き合いといえます。

 

 古代神道には、水浴によって身を清める禊(みそ)ぎや水垢離(みずごり)という行為があります。ここから派生したのが「行水」です。一方、心身を癒す温泉の効能や入浴の習慣を広めたのは仏教だといわれます。

 

 ストイックな水浴に対して、「温泉に入れば功徳が得られ、極楽往生できる」という仏教の経典が8世紀頃に広まり、人々は「あぁゴクラク、ゴクラク」とつぶやきながら、温泉や風呂に浸かるようになったというのです。現在も多くの湯治客を集める名湯の中には、かつて全国を布教して回った高僧ゆかりの温泉場が少なくありません。

 

 日本古来の信仰の根底には、八百万(やおよろず)の神々、万物の恵みに感謝し畏れをもって接するという自然信仰があります。禊(みそ)ぎと温泉に共通するのは、われわれが自然の持つ底知れぬパワーを直接感じ取り、その恵みを享受する神聖な行為であるということです。

 

 温泉は、世界有数の火山国ならではの「地熱」という無尽蔵のエネルギーと、豊かな水がもたらしてくれる恵みです。つい忘れがちですが、日本人の入浴好きは、自然と寄り添いながら暮らしてきた祖先のDNAが、脈々と受け継がれているからかも知れません。

(鈴木健司)

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