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生物多様性コラム

生物多様性と企業の本当の責任

足立直樹
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役

生物多様性の保全は、今や「企業の社会的責任」どころか、企業自身の存続のために必須の課題となっている。たとえば日本で生物多様性条約のCOP10が行われた2010年、この都市のダボス会議に先立って行われた調査では、世界のビジネスリーダーの27%が、生物多様性喪失のリスクはビジネスのリスクであると答えている。それから3年半以上経った今、この割合はさらに高くなっているはずだ。

 

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 一方、日本はと言えば、COP10を契機に「生物多様性」という言葉はかなり知られるようになった。そして、自社が取り組むべき重要な課題の一つとして認識し、着実に取組みを進めている企業も存在する。しかし、大半の企業は未だ重要な課題として認識していないか、あるいは本来行うべき活動ではなく、単なる社会貢献的な保護活動のみを行っている場合が大半である。

 

 このような状況は残念でならないと同時に、日本企業は大丈夫なのだろうか、この先きちんと生き残れるのだろうかと心配になってくる。なぜなら、生物多様性が失われれば、企業活動も存続が難しくなるし、それが故に先進的な企業は自社のリスクと捉えて取り組んでいるからだ。本稿では、日本企業にまだ十分に理解されていないこうした関係性について述べたい。

 

 

企業と生物多様性の関係を考える

 

 この記事を読んでくださっている読者の方々であれば、生物多様性が猛烈な勢いで傷つけられ、そして失われていることは既にご存知であろう。もちろんこれは倫理的に看過しがたいことであり、絶滅の危機に瀕する動植物をなんとか助けたい、そうした危険に曝される生物の数を減らしたい、多くの読者がそう思っているに違いない。そしてまた、生物多様性が失われる原因の99%以上が人間活動であり、中でも企業活動が大きな影響を与えており、だから企業は生物多様性を守る責任があると思うだろう。これはまったく正しいが、企業と生物多様性の関係はこれだけではない。というか、これはきわめて皮相的な記述に過ぎない。

 

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 まず第一に、たしかに企業活動が生物多様性に大きな影響を与え、生物多様性を破壊しているという面もあるが、企業は意図的にそうしているわけではないだろう。生物多様性の真価を理解していないが故に、ぞんざいに扱ってしまい、結果的に生物多様性を損ねているのだ。逆に言えば、真価を理解すれば、生物多様性をもっと大切にし、負の影響は最小限にし、場合によっては正の影響を与えることだって出来るのだ。

 

 次に、企業が生物多様性に影響を与えるのは、もちろん事業活動のためであり、その事業活動はすべて私たち人間の生活を支え、より豊かにするためと言っていいだろう。したがって、直接「手を下している」のは企業かもしれないが、その背後にある生物多様性破壊の本当の原因は、私たちの飽くことなき欲望と言ってもいいだろう。私たちがそのことに気がついたり、生物多様性に対する適切な配慮を企業に求めるようになれば、企業と生物多様性の関係は、もっと違ったものになるはずだ。

 

 そして一番重要なことは、私たち一人ひとりの人間も、企業活動も、生物多様性に大きく依存しており、豊かな生物多様性なくしては、人間社会も企業も持続不可能という事実である。それが故に、生物多様性は企業や人間社会を支える「自然資本」と呼ばれることもある。このことに気がついた企業は、もはや生物多様性をぞんざいに扱うことなどとても出来ない。自社の事業を継続させ、また多くの顧客からの信頼を得るために、事業活動において生物多様性への配慮を行わざるを得ない。だからこそ、わかっている企業は活動を進めているのだ。

 

 

事業継続を支える生物多様性

 

 三番目の関係性、すなわち生物多様性が企業活動を支えているといことについては、まだ十分に理解していない企業が多いようだ。それがゆえに、生物多様性に本気になれない企業も多いのだろう。

 

 生物多様性への依存についてもっともわかりやすいのは、食品、建設、家具、紙パルプ、アパレルなどの製造業、そしてそれを販売する流通業だ。これらの産業は、生物多様性が生み出す様々な生物資源がなくては、ビジネスそのものを行うことができない。生物多様性そのものに依存している。

 

 また、生物資源を直接使用していなくても、多くの製造業やサービス業は、きれいな空気や清浄な水がなくては事業を行えない。空気や水を浄化し、循環させているのは生態系だ。これらの産業もやはり、生物多様性に依存しているといえる。

 

 生物多様性の存在そのものに依存しているのは、旅行業をはじめとするレジャー関連産業だ。生物多様性が豊かで美しい自然があるからこそ、私たちは遠くまで旅行をしたくなるのだ。

 

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 さらにもう少し違った生物多様性や生態系の役割もある。洪水や土砂崩れ、津波などから工場や商店、オフィスビスなどを(もちろん私たちの家も!)守ってくれるのも、生態系だ。そしてそうした自然災害によって生じる経済被害を最小限にするという意味では、投融資を行う金融業にとっても、健全な事業を行うためには生物多様性が必要だと言えるだろう。

 

 このように、ありとあらゆる企業活動は生物多様性に依存しており、生物多様性なしに存続できる事業活動など存在しないと言っていい。この関係性に気付けば、自社の事業活動の継続性を高めるために、生物多様性の保全へ「投資」することは、企業として当然のことなのだ。企業活動が存続するためには、「自然資本」は食い潰すのではなく、増強すべきなのだ。

 

 

企業活動の影響

 

 一方、自分たちの存在基盤である生物多様性を、無配慮な企業活動は自ら傷つけている。これは、まさに天に唾する愚かしい行為と言っていいだろう。特に気をつけなければいけないのは、大規模に土地を改変する採掘産業、農業、畜産業、土地開発業、道路・鉄道などである。自社ではこうした事業はしていないからといって、安心することはできない。なぜなら、サプライチェーンのどこかにこうした事業があるとすれば、間接的にではあるが、自分たちの事業活動が自身の継続性に対して影響を与えていることになるからである。そして実際、サプライチェーンをたどれば、すべての事業が生物多様性に影響を与えていることがわかるだろう。だから今や先進企業は、自社の事業活動はもちろん、サプライチェーンやバリューチェーン全体で、生物多様性への影響を最小化するという活動を行っているのだ。

 

 もちろんこうした活動は、すべて企業が自発的に行っているというわけではない。欧州をはじめとするいくつもの国々が、貴重な生態系で開発行為を行うときにはその影響を実質的にゼロにするような補償を行うことを義務化しており、その動きは途上地域にも広がりつつある。たとえ法令がなくても、地域社会からの同意、いわゆる「社会的操業許可」がなければ事業活動ができないということが、世界的には常識になりつつある。

 

 

企業の責任

 

 生物多様性と企業活動のこうした関係性、そしてそれに対する社会からの期待を理解していれば、小規模な植林等の活動だけではとても社会の期待にも応えられないし、自らの事業リスクも管理できないことがわかるだろう。もちろん絶滅危惧種の保護に手を貸したり、地域の生態系の保全を行うことが悪いわけではない。しかし、事業活動の影響を考えずに、そうした社会貢献的な活動を行っているだけでは、グリーンウオッシュ、すなわち見せかけの環境活動と批難されても反論できない。植林を行うとともに、本業が生物多様性に与える負荷を削減する努力を行い、また、日本はもちろん世界各地で相当な面積について徹底した植林活動を長期にわたって継続的に行えば、「生物多様性のことをきちんと理解している企業」として、一般の市民からはもちろん、専門家からの評価も高い活動とすることができる。

 

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 そして、企業が生物多様性に対してはたすべき本当の責任は、いかにこの貴重な自然資本をうまく活用し、増強していくかである。なにしろ、生物が生み出す生物資源や様々なサービスは、私たちが生物多様性を維持する限り、持続可能なのだ。だからこそ、事業が与える影響を最小限にし、再生可能な生物資源の特質をうまく活かし、私たち人間の持続可能な生活を支えるべく、生物多様性やそれが生み出す様々な生態系サービスを適切に管理・活用していくこと、それこそがこれからの企業に求められていることであり、またそれができる企業だけが生き残っていくだろう。

 

 

 

 足立直樹 (あだち なおき)氏プロフィール

 

東京大学理学部、同大学院で生態学を学び、理学博士号取得。1995年から2002年までは国立環境研究所で熱帯林の研究に従事する。1999年から3年間のマレーシア森林研究所(FRIM)勤務の後、コンサルタントとして独立。現在は株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)事務局長。多くの先進企業に対して、「どうすれば持続可能な社会に貢献できる企業になれるか」、「信頼される企業になるために、何をどのようにすべきか」を中心にコンサルティングを行っている。特に「企業による生物多様性の保全」と「CSR調達(サプライチェーン・マネジメント)」を専門とし、アジアにおけるCSRの推進にも力を入れている。日本生態学会 常任委員、環境経営学会 顧問、国際NGOナチュラル・ステップ・ジャパン 理事・事務局長、BBOP(The Business and Biodiversity Offsets Programme) アドバイザリーグループ・メンバー、環境省 経済社会における生物多様性の保全等の促進に関する検討会 委員、環境省 名古屋議定書に係る国内措置検討あり方検討会 委員、環境省 生物多様性企業活動ガイドライン検討会 委員、農林水産省 農林水産分野における生物多様性保全推進調査事業検討会 委員なども務める。

 

 

 

 

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