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生物多様性コラム

生物圏保存地域 – ローカルがグローバルと出会う場所

エリック・ファルト
ユネスコ事務局長補(対外関係・広報担当)

どうしたら、持続可能な開発を進めつつ、生物多様性と文化多様性を守ることができるのだろうか? 

 

この問いは、グローバルで持続可能な開発を目指す新たなアジェンダを策定するために世界中で交わされている議論の中心にあり、1960年代からユネスコは、この問いに答えようとしてきた。これは、実際問題どういうことなのだろうか?

 

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ひとつの事例として、南日本の九州東部に位置する「綾(あや)ユネスコエコパーク」がある。ここは、現存する国内最大規模の照葉樹林を擁し、豊かな生物多様性と多くの固有種を特徴とする生物圏保存地域。綾町に息づく森林療法や伝統的な循環型農業はるエコツーリズムの核にもなっている。 (綾ユネスコエコパーク →)

 

もうひとつの例に、コスタリカの「アグア・イ・パス(Agua y Paz)生物圏保存地域」がある。2013年11月6日、コスタリカのラウラ・チンチージャ大統領がパリのユネスコ本部を訪れ、2021年までにコスタリカは、二酸化炭素の排出量と吸収量のバランスがとれた「カーボンニュートラル」な国になることを表明した。そして実際に、この誓いを「アグア・イ・パス生物圏保存地域」で推し進めているのだ。この地域は山岳地帯と平野の両方を擁し、火山もあれば、湖もあり、浸水林や湿地もある。その大部分はカーボンニュートラル・パイロット地域に指定されている。現在、ここでは地域のコミュニティが、二酸化炭素排出量(カーボンフットプリント)を算定し、民間企業と密接に協力することで、カーボンニュートラルな働き方の先駆けの事例となっている。

 

このようなコスタリカの試みは、地域のコミュニティ、市民社会、そして民間部門が革新的な協力関係を結ぶことにより、生物多様性を保護するだけでなく、「持続可能な人間開発」も進めている。これはまさに、ユネスコが目指す「ローカル」が「グローバル」と出会い、最大限の効果を発揮する場所の創出といえる。 

 

持続可能な開発は、グローバル問題における新たなスローガンではあるが、ユネスコが長年にわたり取り組んできた課題でもある。

 

1968年、ユネスコ主導で生物圏資源の利用と保全のための科学的基盤を検討する世界初の政府間会合が開催された。これにより、1971年にユネスコ「人間と生物圏」計画が誕生し、「生物圏保存地域世界ネットワーク」構築へと道を開いた。これらの保存地域には、保護するべき遺伝資源があり、調査、観測、訓練事業の実施が可能な地上のおもだった生態系が存在している。そして現在117ヵ国に621の生物圏保存地域があり、そのうち12地域は国境にまたがって広がっている。

 

こうした努力はすべて、ユネスコの明確な原理に基づいている。生物圏を管理するということは、「人間開発と環境との関係」や「自然生態系と社会的・経済的プロセスとの共生」を理解し、働きかけることであり、生物多様性と文化多様性との相互依存関係を把握することを意味する。

 

このような関係性を明らかにし、生物多様性と文化多様性の保全を社会的・経済的プロセスとを調和させようとするのが、「生物圏保存地域世界ネットワーク」の役割である。生物圏保存地域は、気候変動政策を実施する上で、調査および実践の戦略拠点となっており、山地、海洋、沿岸部、内陸部、熱帯林、乾燥地、都市部、サバンナ、農業生態系など、ありとあらゆる生態系にまたがっている。政府間合意の原則に沿った気候変動対策を実施する地域として、国連の指定を受けているのは、生物圏保存地域だけである。

 

生物圏保存地域は、いわゆる革新の場といえる。そこでは持続可能な観光、再生可能エネルギー、有機農業が行われ、そして公共部門と民間部門、市民団体が、常に地元の人々と協力し合う、パートナーシップの精神に導かれた場にもなっているのだ。これらの保存地域は国家管轄権のもとにあるものの、世界ネットワークを通して経験やアイディアを地域や世界で共有することを可能にしている。

 

 

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ケニアのマリンディ・ワタムと英国のノースデボンの例を挙げよう。2つの生物圏保存地域の間には7,500kmの距離があり、気候も生態系も異なる。すべてがかけ離れているように見えるが、2つの地域は共通の問題を抱えている。どちらも、海面が上昇して、美しい海岸線を侵食し、野生生物生息地と地元経済をおびやかしている。2008年から2つのコミュニティは協力を続けており、緊急を要する問題に適応する最善の方法をお互いから学んでいる。

(← 英国ノースデボン)

 

また、アフリカの国境にまたがる生物圏保存地域でも、同じ精神が息づいている。セネガルとモーリタニアにまたがる「デルタ・デュ・フルーヴ・セネガル」と、ニジェール、ブルキナファソ、ベニンにまたがる「W(ドゥブルヴェ)国立公園」では、国境にまたがる保存地域を設定したことにより、国境にまたがって暮らすコミュニティの結束が強まり、地元の生態系の保全状況が改善した。 W(ドゥブルヴェ)国立公園 ↓)

 

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43年前に発足したユネスコ生物圏保存地域は、十分に成長を遂げたといえる。気候変動による社会と生態系への影響が増大しつつある今、これらの保存地域は、現在と未来にとって欠かすことができない持続可能性の生きた実験室となっているからだ。

 

1997年、ユネスコ加盟国は、「将来世代に対する現在世代の責任に関する宣言(Declaration on the Responsibilities of the Present Generations Towards Future Generations)」の採択に合意した。この宣言では、「現在世代は、現在および将来世代のニーズと利益が十分に守られるようにする責任を負っている」ことが述べられている。そして、男女を問わず若者たちが、現在世代と将来世代を結ぶ懸け橋となり、ユネスコの役割の中心となっている。実際にユネスコの「国連持続可能な開発のための教育の10年」(2005~2014年)のリーダー役を担うのも彼らである。また、若い科学者を表彰する賞や、生物圏保存地域から得られた比類ない教訓を生かした幅広い指導要領や教材も用意されている。

 

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たとえば、ベトナムの「紅河デルタ生物圏保存地域」では、世代を越えた教育プログラムが構築されており、学生、親、コミュニティの住民が協力して、気候変動に対応し、生物多様性の損失を防ぐための活動を行っている。そして、公式教育と非公式教育の連携も、私たちの仕事にとって不可欠である。これもまたカナダの「クレヨクォット生物圏保存地域」において私たちが実践していることであり、青少年の自主的な活動と計画を後押しする努力を行っている。以上のような努力は2015年まであと1年を切り、今後の指針とするべき「グローバルな持続可能な開発アジェンダ」を新たに策定しようとしている今日、特に大きな重要性を持つ。

(↑ クレヨクォット生物圏保存地域)

 

持続可能な開発を実現するためには、技術的・経済的解決だけでは、明らかに不十分である。私たちは、考えて行動する新しい手法を編み出さなくてはならない。それには、まず教育から始めて、新しい価値観、技術、知識を形成する必要がある。それは「ローカル」が「グローバル」と出会う場所、つまりユネスコ生物圏保存地域のような場所において、現実的な方法で始めなくてはいけない。

 

人々と自然の調和的なパートナーシップを、有意義かつ持続可能な形で強化すること。それこそが、今日世界が直面している問題に対するユネスコの答えである。

 

 

 

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エリック・ファルト氏  プロフィール

 

エリック・ファルト氏は、パリに拠点を置くユネスコ(国際連合教育科学文化機関、United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization, UNESCO)の事務局長補(対外関係・広報担当)である。ファルト氏は、ユネスコにおける政治分野関連の業務を加盟国とともに総括する他、市民向け諸活動のコーディネートを実施、また、ユネスコの広報事業にも従事している。

 

現職就任以前は、ニューヨークの国連本部で、広報部アウトリーチ部門のディレクターを務めた。この部門は、国連の支援のもと、世界各国の人々やコミュニティへの教育を目的としている。

 

2002年~2007年には、ケニヤ ナイロビに本部をおく国連環境計画(United Nations Environment Programme, UNEP)のコミュニケーション・ディレクターを務めた。

 

また1990年代には、国連広報センター(パキスタン イスラマバード)の所長として、イラク、ハイチ、カンボジアにおける平和維持活動、人道活動に従事した。

 

国連勤務以前は、フランス外務省職員として、在シカゴ総領事館、在ニューヨーク総領事館に勤務した経験がある。

 

ファルト氏は、自身のキャリアを通して男女同権、アフリカ支援に強い関心を抱き続けている。

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