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生物多様性コラム

ネイチャー・テクノロジー 自然のすごさを賢く活かす、あたらしいものつくりと暮らし方のかたち

石田秀輝
東北大学名誉教授、(合)地球村研究室 代表

 

1.豊かさのかたちを考える 

 そもそもテクノロジー(行政・企業・NGO/NPO)の役割とは? それは間違いなく人を豊かにすることである。それ以外の目的はないと言っても決して言いすぎとは思わない。それも多くの人が求めているのは心の豊かさである。日本では既に1980年代から物の豊かさより心の豊かさを求めており、そのギャップは30ポイントを超えるほどに広がっている。

では、テクノロジーはそれに貢献できているのだろうか? 残念ながら、一人当たりのGDPは上昇しても、幸福度や生活満足度は上がらないどころかじりじりと低下しているのが現実である。そして、今までのように、湯水のごとく資源やエネルギーを使って、豊かさを享受してきたその延長に、過去と同じ方程式で豊かさの存在しないことを、すでに誰もが知っている。それどころか、そんなことをすれば文明崩壊の引き金を我々自身の手で引くことにもなるのである。

ではどこへ向かって進めば良いのか、少なくとも、従来の延長にその解はなく、あたらしい足場を構築しなければならない。限られたエネルギーや資源の中で心豊かな暮らしのかたちを見つめるためには、何かを付加的に足してゆくという従来の延長ではなく、足場そのものを大きく変える必要がある。

 

 

2.今どこに向かうのか

地球環境問題が喫緊の課題であることは誰にも疑う余地はないだろう。しかし、現実には地球環境に配慮しているはずのエコ・テクノロジ-が却って消費の免罪符となり、消費を煽り、環境劣化を加速させるエコ・ジレンマ構造を持っていることが明らかとなってきた。では、エコ・テクノロジーは悪か? そうではない、エコ・テクノロジ-は湯水のごとく地球資源を使って快適性や利便性を求めるテクノロジーに警鐘を与え、日本人の約9割の生活者に環境意識を芽生えさせた、しかしながら、環境劣化を抑えることは出来ていない。それは、エコ・テクノロジーが置き換えのテクノロジーだからである。大量生産大量消費という構造には何も手をつけず、看板をエコに置き換えただけのテクノロジーは、ジレンマを興し、結果としては地球環境劣化にはほとんど貢献できていない、しかし、日本人の9割の心を変えた功績は極めて大きい。問題は、ここで止まっていては何も問題は解決されず、もう一段、次の淘汰に進まねばならないということである。エコ・テクノロジ-は淘汰の過程の一つであるが、これを完結させるためには、さらなる淘汰。すなわちライフスタイルそのものを変えて行くという淘汰が必要なのである。

では、ライフスタイルを変えることは出来るのか?残念ながら、それは容易いことではない。従来の延長(フォーキャスト思考)にその解は無く、地球環境制約の中で豊かさを考えるあたらしい思考(バックキャスト思考)が、必要である。

 

 

3.心豊かな暮らし方のかたち

 バックキャストによるライフスタイルの社会性受容分析、戦前の暮らしを知っている90歳ヒアリング*から得られた至宝のキーワードを重ね合わせることで、「心豊かな暮らしのかたち」がやっと見え始めた。それは、まさに『制約』が人を育てるというかたちである。<図1>

*東北大学では、90才ヒアリングを実施している。この調査は、90才の方々の貴重な体験を記録することを通して、その知恵からエッセンスを抽出し、新たなライフスタイルに活かそうというものである。

 

図1_Ishida.png心豊かな暮らしのかたちは、当然のことながら2030年の厳しい環境制約を基盤とする。その、要素の一つは、『利便』であり『自然』である。3つ目の要素が、『育』である。自分や他人や自然を育てることで、楽しみが生まれ、充実感や達成感を感じるという価値観である。そしてAからB、Cに向かうほど心の豊か度は上昇する。例えばエコなエアコン、環境のことは考えられているが、利便性の機能しか持たずAの位置にある。これでは、買ったときにはそれなりに嬉しいがすぐに飽きてしまう。商材としてのライフはきわめて短くなる。今求められているのは、BやCの領域にあるテクノロジーやサービスなのである。

 残念ながら、現在のテクノロジーやサービスは、この『制約』を利便性に置き換えるものばかりである。ちょっとした不自由さや不便さ、それがポジティブな制約であっても、知恵や理性を総動員して乗り越えることを許さないのである。制約が利便性にすり変われば、心豊かな暮らしの質は急激に劣化する。「モノを欲しがらない若者」という見出しが新聞を最近賑あわせ、多くの評論家が色々なことを書いては居るが、少なくとも、若者が欲しいものを企業が市場に投入していないということだけは間違いのない事実であろう。 

 

 

4.自然を規範とした、ものつくりと暮らし方のイノベーションを起こす 

ライフスタイルを基盤にするテクノロジーイノベーションは、地下資源型のテクノロジーからの決別である。自然は倫理観を持つ知能だと思う、自然は地球史46億年、生命史38億年の中で、淘汰を繰り返し、完璧な循環を主に太陽エネルギーだけを駆動力として創り上げている。我々は、そこから、メカニズム、システム、さらには淘汰と言われるような社会性まで学ぶことができるのである。1992年の地球サミット以来、少なくとも先進国は持続可能な社会を構築すべく努力を重ねてきた、しかしながら、現実は理想とはますます乖離を続けている。今こそ、バックキャスト思考で地球環境制約の中に心豊かなライフスタイルを描き、それに必要なテクノロジーを抽出し、それを自然の中に捜しに行き、サステイナブルと言うフィルターを通しリ・デザインし、あたらしいテクノロジーのかたちをつくらねばならない。それこそが、ネイチャー・テクノロジーによるテクノロジー創出システムである。

ネイチャー・テクノロジーを考える上で、我々は、もう1つ、重要な視点を持たなければならない。それは、現在のテクノロジーのほとんどが18Cのイギリスでの産業革命以降の産物であるということである。イギリスの産業革命は自然と決別することで成功し、大量生産大量消費と言う概念を生み出し、結果として、これが現在の地球環境問題を起こしてしまったのである。

では、自然と決別しないテクノロジーであるネイチャー・テクノロジーはサステイナブルな社会構築に真に貢献できるのか? 歴史を振り返ってみよう、自然との決別を原理とした産業革命が世界を席巻する中で自然観を持ち続け、独自の産業革命を進めた民族がある。江戸時代の日本人である。それは、イギリスが資本集約による産業革命を進めたのと正反対に労働集約による産業革命であった。そしてその結果、大量生産大量消費ではなく遊びやエンターテインメントを生み出すテクノロジーを創出したのである。イギリスでの産業革命が物欲を煽るテクノロジーを生み出したとすれば、日本の産業革命は精神欲を煽る産業革命を生み出したのであり、それが江戸時代の『意気』の概念を生み出したのである。その意味では、ネイチャー・テクノロジーは自然を基盤として、この意気の概念を写し取ったテクノロジーと言えるのである。

 

 

5.自然のすごさを賢く活かす ネイチャー・テクノロジー

 

図2_Ishida.png

今、ネイチャー・テクノロジー創出システムは、具体的な、いくつかのテクノロジーを生み出し始めた。<図2>

 

それは水のいらないお風呂であり、無電源のエアコンであり、汚れが付きにくい表面であったり、微風でも回る風力発電機であったり、家庭農場であったり…そしてそれらのテクノロジーは、自然に基盤を置き、簡にして明なるテクノロジーであり、コミュニケーションを呼び起こし、愛着を感じるテクノロジーなのである。<図3>

 

 

 

 

図3_Ishida.png

無論、ライフスタイルからどのようにテクノロジー要素を抽出するのか、それをどのように自然の中から探すのか、どうやって環境に負荷をかけないようにリ・デザインするのか、まだまだ、解決しなければならない問題は多い、ただ、我々は1日でも早く重要な第一歩を踏み出さねばならないのである。地球環境のこと考えながらも、ワクワクドキドキしながら、心豊かに暮らせることを、我々自身、身をもって明らかにし、その素晴らしさを、次の世代に手渡さねばならないのである。

 

 

水のいらないお風呂

アワフキムシの幼虫が作る泡の原理をいかした水のいらない泡のお風呂。泡が熱を運び体を温め、破裂するときに超音波を出して汚れを落とすため、入浴に3~6リットル程度のお湯しか必要としない。また水圧がかからないので 高齢者や八ンディキャップをもつ人にも優しい。

 

無電源のエアコン

サバンナ地帯にみられるシロアリの巣から発想した床や壁。土がもつ数ナノメートルの孔が 湿気を吸ったり吐いたりすることで人間が快適に感じる湿度(40~70℃)に自動的に調整してくれる。

 

汚れが付きにくい表面

モルフォ蝶の翅の表面は、疎水性の微細構造によって水や汚れをはじき、水や汚れは同じ方向を向いている突起に促されて決まった方向に流れ落ちる。この翅の構造をいかした、汚れがつきにくく、水だけで汚れを落とすことができる表面材。キッチンシンクや建物の外壁に使われている。

 

 

微風でも回る風力発電機

トンボが飛ぶとき、翅のデコボコした部分に小さな空気の渦が発生する。この小さな渦が、その外側の空気を翅の後方へスムーズに流し、微風でもトンボの翅には揚力が生じる。このトンボの翅の凹凸から発想した、微風でも稼働できる風力発電システム。

 

 

家庭農場

豊饒な農地にとってカギとなるのは土壌の微生物の多様性である。土の中の微生物の多様性を維持できる培地ができれば、殺虫剤も肥料も使わずに、家庭内の小さなスペースや壁面などで「家庭農場」を実現することができる。

 

 

参考文献

Emile.H.Ishida, Ryuzo.Furukawa:Nature Technology, Springer (2014)

石田秀輝(監修):『超』能力を持つ生き物たち、学研 (2014)

石田秀輝、古川柳蔵(監修):2030年のライフスタイルが教えてくれる『心豊かな』ビジネス、日刊工業新聞 (2013)

石田秀輝、古川柳蔵:自然界はテクノロジーの宝庫、技術評論社 (2013)

古川柳蔵、佐藤哲:90歳ヒアリングのすすめ、日経BP(2012)

石田秀輝、下村政嗣(監修):自然に学ぶ!ネイチャー・テクノロジー、学研(2011)

石田秀輝(監修):ヤモリの指から不思議なテープ、アリス館(2011)

石田秀輝、古川柳蔵:キミが大人になる頃に、日刊工業新聞(2010)

石田秀輝:自然に学ぶ粋なテクノロジー、化学同人(2009)

 

関連ウェブサイト

ネイチャーテック研究会のすごい!自然のショールーム

 

 

 石田秀輝 (いしだ ひでき)氏  プロフィール

 

2004年㈱INAX(現LIXIL)取締役CTOを経て東北大学教授、2014年より現職、ものつくりのパラダイムシフトに向けて国内外で多くの発信を続けている。特に、2004年からは、自然のすごさを賢く活かすあたらしいものつくり『ネイチャー・テクノロジー』を提唱、また、環境戦略・政策を横断的に実践できる社会人の人材育成や、子供たちの環境教育にも積極的に取り組んでいる。ネイチャーテック研究会代表、サステナブル・ソリューションズ理事長、ものづくり生命文明機構理事、アースウォッチ・ジャパン副理事長ほか

 近著;Nature Technology (Springer 2014)、「『超』能力を持つ生き物たち(学研2014)、「それはエコまちがい?」(プレスアート2013)「自然界はテクノロジーの宝庫」(技術評論社2013)、「ヤモリの指から不思議なテープ」(アリス館2011)、「未来の働き方をデザインしよう」(日刊工業新聞2011)、「自然に学ぶ!ネイチャー・テクノロジー」(Gakken Mooku2011)、「キミが大人になる頃に」(日刊工業新聞 2010)、「地球が教える奇跡の技術」(祥伝社 2010)、「自然に学ぶ粋なテクノロジ-」(Dojin選書 化学同人 2009)ほか多数

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