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生物多様性コラム

ミドリムシ すじりもじり

鈴木健吾
株式会社ユーグレナ 取締役 研究開発担当

 物心ついたときから理科少年でした。獣医師の免許を持つ父の影響を受けたのかもしれませんが、身の回りに存在するものに対する興味、理解したいという思いが強く、なぜこれがこうなるのか? これはなぜこうなっているのか? そんな疑問を一つ一つ親に尋ねる子どもでした。また、目の前に広がる様々な事象を小学生向けに分かりやすく解説してくれている『理科事典』を愛読書としていました。

 

 ある日、父から顕微鏡を与えられ、目に見える世界だけではなく、顕微鏡を通してしか見えない世界があることを知りました。例えば、水も顕微鏡で見ると違う世界が見えてきます。タマネギのぺらぺらな薄い皮も、顕微鏡を通して見ると実に規則正しく細胞が並んでいます。そんな顕微鏡によって明らかになる微小な世界に強い興奮を覚えるようになりました。

 

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 肉眼では見えない世界へと、私の好奇心を深めてくれた顕微鏡が発明されたのは、16世紀の終わり。この顕微鏡が発明されたことにより、5億年以上も前、地球誕生後の原始の地球から生存している生き物の一つといわれていた存在が、“微生物の父”オランダのアントニー・フォン・レーウェンフックによって17世紀に発見されました。その生き物こそ、ラテン語で「美しい(eu)目(glena)」という意味の「ユーグレナ」、和名「ミドリムシ」です。

 

 「ミドリムシ」は、ワカメやコンブと同じ藻の仲間に分類されますが、実は植物と動物の両方の性質をもつ“ハイブリッドな生命体”です。葉緑体をもつ植物なので、光合成によってCO2から栄養分を体内に溜めることができます。また動物のように細胞を収縮させて自力で動くこともできます。

 

 こうした珍しい性質をもつミドリムシは、体長わずか0.05 mmほどの極めて微小な存在ですが、いま地球が抱えている食料問題や地球温暖化という問題を解決するきわめて大きな可能性を秘めています。同時に、生物多様性の維持にも貢献しうる存在でもあります。

 

 ではなぜ、ミドリムシが食料問題を解決することができるのか。それは次のような理由によります。

 植物と動物、双方の性質を備えているミドリムシは、野菜に含まれるビタミンやミネラルなどに加え、魚がもつDHAやEPAといった不飽和脂肪酸など59種類もの栄養素を自然な形で含有しています。なかでも注目されるのが、ミドリムシにしか作れない特有成分、β-1,3-グルカン「パラミロン」という物質です。表面に無数のミクロホールをもつパラミロンは、余分な脂肪やコレステロールなどの不要物を取り込んだまま排出する性質や、プリン体を摂取した時の吸収を抑制する性質など多様な有用性を備えているため、健康なカラダづくりに効果を発揮することが期待されています。またミドリムシは、通常、植物細胞にある細胞壁をもたないため、人間にとって吸収しにくい植物性の栄養素を高い消化吸収率で取り込むことが可能になります。

 

 このようにミドリムシは、人間が生活するうえで必要な栄養成分のほぼすべてを含有する高タンパクで栄養価の高い食品原料となるため、ミドリムシを大量に生産し、食料資源化することができれば、世界の食料問題を解決することになるのです。

 

 また地球温暖化の問題に関しても、「ミドリムシ」は大いに貢献します。というのもミドリムシは、熱帯雨林の10数倍ともいわれている非常に優れた光合成効率によって、増え続けるCO2を吸収することができるからです。

 

 かつて地球に隕石が激突し、恐竜が存在するという多様性から、いない世界へと変換した時代ほどドラスティックではないとしても、現在の地球温暖化による気候変動は、多くの生物にとって生存が耐えられない状況を生み出し、結果として生物の多様性を損なう要因となっています。

 

 こうした前提に立つと、ミドリムシの卓越したCO2削減能力は、地球温暖化を抑制し、生物多様性の維持に役立つ存在といえるのではないでしょうか。

 

 現在、「ミドリムシ」は世界中で100種類以上の報告例があります。生物多様性条約(CBD)の目的の一つに、ABS(遺伝資源の利用から生じた利益の公平な配分)がありますが、ミドリムシは世界中の様々な国に存在しているため、今後、ミドリムシの産業利用を考えた場合、ミドリムシはそれぞれの国において、新しい産業の担い手として、各国に公平に利益をもたらす可能性があります。

 

 一方、この条約とは関係なく、純粋にミドリムシを遺伝資源としてとらえた場合も、ミドリムシは非常に有用な生物です。ミドリムシの遺伝子情報を取り出し、違う生物と組み合わせることで、多方面の産業に活かすことができます。植物に遺伝子の資源として遺伝子の情報を入れることで、繊維の生産に利用する、動物の飼料としての機能を高める、土壌活性剤の効能を増す、あるいはミドリムシにしか含まれない油を作り出す、というように。

 

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 私たち株式会社ユーグレナでは、ミドリムシが寄与する事業を“バイオマスの5F”として、Food(食料)、Fiber (繊維)、Feed(飼料)、Fertilizer(肥料)、Fuel(燃料)の5つの分野へ展開しようとしています。そして、こうした事業を通じて、私たち株式会社ユーグレナが目指すものは、ミドリムシによる持続可能な炭素循環型社会の実現ということです。

 

 これまでの大量消費社会では、石油や石炭などを燃やして、エネルギーを取り出し、化学繊維をはじめ生活に必要な製品を多彩に生み出しています。こうした地下資源に由来する多岐にわたる製品は、実はミドリムシでほとんど代替することができます。つまり地下から新たに化石燃料を掘り出すことなく、「衣・食・住」すべてにおいて、地上にいるミドリムシが供給する循環型社会を目指すことが可能なのです。

 

 「衣」のもととなる繊維は、ミドリムシ由来で生産することができます。「食」については、先述した通り高タンパクで、栄養価の高い食品原料となります。家畜や養殖魚の飼料としても大いに活用できます。さらに「住」については、住宅の維持や暮らしに必要とされるエネルギーは、ミドリムシの油から供給することができます。また住宅の建材についても、様々な素材との組み合わせにより耐久性の向上などを促進できるよう、現在、研究を進めています。

 

 地下から掘り出す石炭や石油などを燃やして生活を維持する社会ではなく、地球上にあるもので循環し、完結しようとするとCO2は相対的に増えないことになります。循環型社会を実現するうえで、様々な可能性を秘めているミドリムシを活用していく世界の方が、地球全体で多様なモノが効率よく循環し、持続可能な社会により近づくのではないかと考えています。

 

 さらに将来的には、ミドリムシを宇宙ステーションなど宇宙空間において生育し、人が排出するCO2を酸素に変換し食料を生産するという、効率的なサイクルの構築を目指しています。

 

 

 

 

 地球を救う無限の可能性を秘めているミドリムシですが、食物連鎖のもっとも低い位置にいるため、長年にわたり屋外大量培養することが困難でした。

 

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 フラスコ内など、空気や温度、光をコントロールできる実験室の中でミドリムシを育てることはそれほど難しいことではありません。しかし、食料利用などのために大量培養するには、小さなフラスコ内だけで育てているのでは現実的ではありません。実験室のような閉鎖された環境ではなく、外気に晒される広い場所で育てなければなりません。ところが空気中には様々な微生物が存在しており、ミドリムシはそれらのエサとしてすぐに捕食されてしまう……。

 

 

 この避けようのない課題を克服し、屋外大量培養に成功した要因は、ミドリムシしか生きられない環境を創造する、という発想の転換をしたことによります。通常、研究者は、誰もが再現できるような実験を行うのですが、私はそれとは真逆の、研究者があまり行わないアプローチのもと、ミドリムシが心地よく生活できる環境、ミドリムシ以外は生活しにくい環境という点に注力して研究と実験を続けていきました。酸に強いミドリムシの特徴をいかし、培養液を酸性にするなどの工夫を重ねていくうちに、ミドリムシだけが生育できる環境を生み出すことができ、2005年に世界で初めてミドリムシの屋外大量培養に成功したのです。

 

 ところで、このコラムのタイトルとした「すじりもじり」ですが、これは、ミドリムシ特有の運動を表す言葉です。ミドリムシは、光が多くある方へと動いていく習性があるのですが、その際の細胞の収縮運動を「すじりもじり運動」といいます。

 

 私は、このミドリムシの「すじりもじり運動」に非常に強い愛着を感じています。そしてこの動きを見ると、とても心が癒やされます。

 

 というのも、私たち人間は、多細胞で脳からの指令により筋肉と骨を動かして自由に移動することができますが、単細胞生物のミドリムシが、光に向かって、全身をくねらせ、ひねらせ、“すじりもじり”と動いていく様子は、実に神秘的でいつ見ても飽きることはありません。これが “命”の動きなのだと実感するのです。

 

 いまも出張の際は、バッグにファルコンチューブを忍ばせ、炭酸が湧き出ているところや、雨どい、海水と淡水が混ざるところなど、ちょっと変わった環境の水を採取してきます。そして、新種のミドリムシがいるかもしれないな・・そんなことを考えながら、顕微鏡を覗いてみます。ミドリムシが元気に“すじりもじり”運動をしている様子をみると、出張の疲れも和らいでくるのです。ミドリムシを見る、そのことが私のライフワークなのだと思っています。

 

 すじりもじり運動で、光のある方へと移動するミドリムシ。顕微鏡でしか見えない極めて微少な存在ではありますが、このミドリムシは、私たち地球の未来を豊かな光が注ぐところへと導いてくれる、極めて大きな存在なのです。

 

 

 鈴木健吾(すずき けんご)氏  プロフィール

 

東京大学農学部生物システム工学専修卒、2005年8月株式会社ユーグレナ創業、取締役研究開発部長就任。同年12月に、世界でも初となる微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に成功。2006年東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。微細藻類ミドリムシの利活用およびその他藻類に関する研究に携わるかたわら、ミドリムシ由来のバイオ燃料製造開発に向けた研究に挑む。

東京都ベンチャー技術大賞受賞(2010年)、共著に『微細藻類の大量生産・事業化に向けた培養技術』((株)情報機構)がある。

 

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