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生物多様性コラム

地元学のススメ

竹田純一
東京農業大学農山村支援センター 事務局長
第4回 生物多様性 日本アワード 審査委員

 

あなたの家の水は、どこから来て、どこへ流れていきますか?水源に行ったことはありますか?水源の森はどうなっていますか?

 

この問いは、里山で暮らす高齢者であれば、とても簡単な問いかもしれませんが、消費生活をしている方には難しい問いかもしれません。市街地で暮らす市民にとっては、水道水源までの配管ルートや水源地、そして、排水経路まで知っている人は希かと思います。日本各地を巡り、地元学の手法を用い、集落の水の経路図と地域資源を調べて見ると集落の成り立ちが見えてきます。

 

奥山に近い山村集落の暮らしは、山の幸であるトチやクリを主食とした狩猟採集の時代から、炭焼き、木地生産、森林管理へと移行した現代でも、現役の高齢者の暮らしの中に、時代を超えて継承されてきた土地固有の山村文化と水使いの智恵を見ることができます。高齢者と共に地元学調査を行えば、通年ほぼ一定の水量の湧水や濁りの入らない沢水を見ることができ、そこを起点に集落が形成されてきたことが、水の経路を集落へと辿ることで解読できるからです。

 

水源の確認は、同時に、水源林の管理状況、水の経路を通じて集落までの間の分水、田畑への用水路、水辺の生き物、水争いの歴史等を問いかけることで記録することができます。

 

平野部に近い里山の集落では、谷地の湧水や井戸を水源として水田と集落が形成され、農耕が営まれるようになりました。集落の水源には、神仏を祀り、鎮守の森を設ける地域もあります。水源に影響を与えない林では、萌芽更新させる薪炭林や茅場として管理することで、農耕を支える水、肥料(落ち葉堆肥や木灰)、道具や建材等を得ることができました。

 

琵琶湖の湖畔、近江八幡のように水に囲まれた地域では、井戸を使う暮らしを見ることができます。街は、武家屋敷や商業地として発展して来ましたが、良質の水の流れる地下水脈に沿って町家が広がっていることがわかります。

 

このように里山では、水の質と量により、集落の大きさや戸数、生活できる人の数、飲み水、水田、畑作、家畜等の数は自然調和的に決定されていきました。地元学調査の手法の一つ、水の経路図を住民自身が調べ認識すると、集落を見つめるまなざしに変化が生まれていきます。調べた人しか詳しくならない。自分が住む集落を地元学の視点で歩いて調べると、先人たちが継承してきた集落の水づかいの智恵の奥深さが理解できるようになり、自然への働きかけ、日常的な維持管理の必要性を認識します。

 

私の実家は、東京都町田市にある小さな谷戸集落でした。集落の水源付近から横穴、縦穴住居跡が見つかり、数千年の間、戸数10戸程度と変わらず、集落としての動的平衡を保ってきたことに驚かされました。
私にとって、持続可能社会の実像、自然共生社会の最小単位は、里山に囲まれた谷戸の集落です。
集落の暮らしを豊かにするために、水を張り巡らせ、水源からの飲料水ルート、ため池、小川、水田への用水路という異なるタイプの水環境を整えることで、生物に多様な生息環境を提供しています。人間のための水の経路図が生物のための多様な生息環境を提供しています。

 

 

あなたの家の周りには、食べられる植物、薬になる植物、狩猟採集できる食べ物はありますか?

 

この問いに答えられる人は、里山の恵み、生態系サービスを楽しんで活用されている方です。同時に自然と共生した暮らしを営む、今では少数派になってしまった里山人でしょう。里山に暮らす高齢者に問うと、植物の数は、数十に及びます。特に、沢筋で多く採集していることがわかります。水源の見廻りをかねて、山菜や薬草の採集ができれば、暮らしを支える基本作業を通じて里山の恵みの採集が可能です。

 

地元学調査からわかることは、里山の暮らしが、自然の恵みを受けた豊かな暮らしであることです。市街地に住んでいる自分の消費生活と比較すると、あこがれの自給自足の暮らしです。庭先、田畑(茅場)、里山から奥山まで、集落が維持管理している範囲が里山菜園です。集落構成員が多ければこの菜園は維持管理が行き届きますが、維持管理する人が減少すると、里山、田畑、庭先の順に管理が行われなくなり、せっかくの美しい集落の姿、里山が失われていきます。風景だけでなく、家屋敷、蔵の中の着物、漆器、道具、種苗、井戸端の道具、厩舎や牛舎も里山の美しい風景を構成しています。

 

地元学調査は、集落の暮らしそのもの、継承されてきた生活文化を、地図と地域資源カードに書き出す集落総出の作業です。集落の未来をどう描くか? 例えば、2000年に佐渡島では、トキの野生復帰の準備が始まりました。トキが100羽になったら、トキを放鳥する計画(トキ野生復帰ビジョン)を環境省が各省、県市町村に呼びかけ、協議会を設け検討を始めました。この実現のため佐渡島で、集落総出の地元学を実施しました。水源地まで山を登り、水の経路図を作成しました。水源直下の田んぼには、通年11度の湧水が流れ込みます。稲には冷た過ぎるこの水を温めるための温水ため池(水田)をつくり、稲の成長を促進することにしました。ここには、ヨコエビ、ヤゴ、ゲンゴロウ、ミズカマキリ、サンショウウオ、ドジョウ等さまざまな生物が集まります。通年一定温度の生き物のオアシスです。この場にトキが将来訪れるように、集落では、水源から海辺までの水の経路に沿って、トキのえさ場づくりを始めました。お米は、トキを支援してくれる方へ直接届ける直売や応援してくれる店への販売です。最初のトキのえさ場づくりはこちらをご覧ください。

 

福井県越前市(旧武生市)では、アベサンショウウオが発見されたことを契機に2002、保護のために県庁から保全の依頼を受けました。先行調査をもとに、生息環境創出のために、全員総出の地元学調査を行いました。集落の家屋敷は、里山に面する形で配置されています。横穴井戸の集落です。各戸の水源は、横穴井戸、井戸、水道と移り変わってきましたが、どの井戸も現役です。この横穴井戸からしみだす水辺の再生を行ない、珪藻類、ヨコエビ、アベサンショウウオをはじめとする生き物の生息環境を創出していました。横穴井戸と山の冷たいわき水が水田に直接は入らないように設けられた江や湿地が、アベサンショウウオの幼生の生息環境となります。この集落の取り組みを旧村、隣接村に広げて、生態系の保全を行いました。同地区では、現在、コウノトリの里づくりが奨められています。

 

 

地元学とは、何か? 地元学を行うには、どうすれば良いか?

 

地元学とは、地元に学ぶこと。そこに住んでいる人たちが自分たちの地域を、ヨソモノの目も借りながら、実際に歩いて調べ、調べたことを伝え語り合い、その内容を元にこれからの地域での暮らしを創っていくこと、それが、私の地元学です。実際に地元を調べ再確認する過程で、地域内のコミュニケーションが活発になり、住んでいる地元の将来のこと、子どもや孫に引き継がなければならないコトやモノが見えてきます。地元学は、既存の学問ではなく、「調べた人、参加した人が詳しくなる」実践の学問です。

 

 

誰がするのか?

 

住んでいる人がヨソモノを交えて実施するのが地元学です。
地元学の先生は、地元に根ざして暮らしているおじいちゃん、おばあちゃん、農林漁業者、大工などの職人、野山で遊ぶこどもたちなどです。地元学の生徒は、そこに住んでいながら、いつも地元との関わりが薄いお父さんやお兄さん、お姉さんです。また、地元の人が「ふつう」と思っていたことに、外から訪ねてきた人が驚くことがあります。それは外から来た人の「ふつう」と違うからです。違いがあるから驚き、発見があります。その一つ一つが、地域の大事な個性です。地元学の資料は、こちらからダウンロードできます。

 

 

地元学を行えば、地域づくりが行えるのか? 

 

答えは、Noです。地元学は、集落の過去から継承されてきた暮らし方、智恵や技術を、現在住んでいる集落構成員が、自らの足で調べ、詳しくなり、全員が集落の成り立ちやしくみ、水の経路図、遊び場、生き物生息地、狩猟、森林、農業、加工、石積み・・・の達人の技を知ることができる手法です。地元学を行い、集落構成員が地元に詳しくなることは、地域づくりの基礎がつくられたということです。全員が、共有された情報を基盤として、将来の姿を描くことができます。その将来像を、地元学を通じて得られた各自の価値観の変化と相互理解、事前の合意形成のもとに、地域づくりを開始します。地元学と地域づくりのファシリテーションがうまく機能すると里山も活気を取り戻すことを期待します。地元学とは、私にとっては、自然共生社会の実現に向けて、まなざしを開眼させることができる哲学ではないかと考えています。

 

参考資料
地元学調査の方法(エコツーリズムと地元学)

 

 

 竹田純一(たけだ じゅんいち)氏  プロフィール

 

東京生まれ。中央大学法学部卒。金融機関、英国技術開発シンクタンク、市民団体を経て、現在、東京農業大学農山村支援センター事務局長、(株)森里川海生業研究所・里地ネットワーク事務局長、環境パートナーシップ会議理事、共存の森ネットワーク理事、中央大学兼任講師。地域活性化伝道師。

 

里地里山保全再生活動を提唱、地元学の推進に努める。 地域内循環・人と人との共生、人と自然の共生、住民主体・市民参加型の地域づくりをめざす人々の内発型人的ネットワークを形成し、地域リーダーに対するサポートを行う。地域連携保全活動基本方針の策定や関連省庁が策定してきた種々の計画書や手引書等の作成を実施。また、各地での調査研究、技術開発、シンポジウム、講演会、各種メディアへの情報発信等を支援している。

 

著書(共著) 『森里川海の自然再生』(中央法規)、『みなまたの歩き方』(合同出版)、『実践コミュニティビジネス』(中央大学出版)、『2100年未来の街へ』(小学館)、『日本法制の改革:立法と実務の最前線』(中央大学出版)など。

 

主な実施事業
里地里山保全方策の検討とモデル地域づくり(環境省)
人と自然が織りなす里地環境づくり(農水省、環境省)
里山林を活かした生業づくり(林野庁)
再生可能エネルギーを活用した地域活性化の手引き(林野庁)
生きものにぎわいづくり~社会資本における生物多様性の促進~(国土交通省)
トキの野生復帰をめざした共生と循環の地域社会づくり(環境省、新潟県)
アベサンショウウオの保全と地域社会づくり(環境省、福井県庁)
日本の里地里山30保全活用コンテスト事務局(読売新聞社、環境省)
イオン里地里山保全活動(公益財団法人イオン環境財団)
地球温暖化対策技術開発・実証研究事業(竹筒燃料)(環境省)


リンク
東京農業大学農山村支援センター
(株)森里川海生業研究所
里地ネットワーク

 

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