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生物多様性コラム

オレンジヒキガエルと木こり

崔 在天 (チェ・ジェチョン)
韓国生態院 創設院長、気候変動センター 共同代表

 

韓国の有名な昔話に、「天女と木こり」という話がある。それは、次のような話だ。

 

   昔、貧しい木こりが母親と一緒に暮らしていた。ある日、木こりは、森の中の池で天女たちが水浴びをしているのを見て、1人の天女の羽衣を隠した。地上に取り残された天女は木こりの妻となり、やがて2人の子が生まれた。満ち足りて幸せになった木こりは、もう大丈夫だろうと思い、妻に本当のことを話して羽衣を見せた。しかし、羽衣を再び目にした天女は、望郷の念に駆られずにはいられなかった。彼女は天に帰る決意をし、2人の子どもを連れて去った。

 

   私もかつて、木こりになりたいと思ったことがある。それは1986年の夏だった。私は、コスタリカのモンテベルデ熱帯雲霧林で、セクロピアという木の幹に住むアステカアリのフィールド調査を行っていた。そこは、オレンジヒキガエルIncilius periglenes)と呼ばれる華麗な生き物が発見され、命名された場所だと聞いたとき、私はすぐさま彼らを探しに出かけた。幾夜もさまよい歩き、探索した末、ついに森の奥深くの小さな池で二十数匹が泳いでいるところに遭遇した。私は、ただちに木の板根の陰に身を隠し、畏敬の念に打たれながら何時間も彼らを観察した。

 

   オレンジヒキガエルを最初に発見し、新種として紹介したマイアミ大学の爬虫両生類学者、ジェイ・サベージは、学術論文の中で「彼らを見つけた時、私の最初の反応は、誰かがカエルをエナメル塗料に浸けたのではないかという不信と疑いだったことを告白せねばならない」と述べている。オスの鮮やかなオレンジ色は、とてもこの世のものとは思われず、まさに天界からやって来た天女のようだったのだ。唯一の問題は、彼らがオスだということだ。その後数年間、現地で調査を続けたが、再び彼らを見ることができたのは1回のみである。2004年には、IUCN(国際自然保護連合)が絶滅を宣言した。あれほど美しい生き物がもはや私とともにこの地上にいないのだということを受け入れるのは、とてもつらい。それでも私は、熱帯地方に行く度に、どこかをうろついている彼らに出会うことを期待しながら、ヘッドライトを装着して森に出かけるのだ。彼らの羽衣を隠しておかなかったことを、今日という日まで深く後悔している。

 

   私たちが今日直面している最も深刻な2つの問題は、気候変動と生物多様性の喪失だと言ってよいだろう。気候変動が人類の存在にとって深刻な脅威と認識されたのは、生物多様性の問題よりはるかに後であるが、一般の人々に深刻さを認識してもらうという点では比較的容易な問題だった。人々は、いつになく極端な天候を肌で感じ、「こんな天気は、生まれてから一度も経験したことがない」と声を上げる。だから、科学者は、これは地球規模で起きている気候変動のせいだと言えば済むのだ。

 

   一方、生物多様性の危機を一般の人々に実感してもらうのは、これよりはるかに難しい。たとえば夕方のニュースを見ていて、レポーターがホッキョクグマは急速に絶滅に向かっていると報告したとする。ホッキョクグマは水中でアザラシを狩り、近くの氷山の上で獲物を食べていた。しかし、最近では氷がどんどん溶けてしまい、近くの氷山まで泳いでいる間に溺れ死んでしまうのだ。ホッキョクグマのような堂々たる動物が地上から姿を消してしまうことを、快く思う人などいるだろうか。ホッキョクグマを絶滅から救うために、自分にできることはないかと思うだろう。しかし、数秒後、ニュースが政治腐敗や有名女優の破局の話に切り替わると、ホッキョクグマのことはすっかり忘れてしまう。通学や通勤の途中でホッキョクグマやオレンジヒキガエルの消滅を目の当たりにしない限り、種の絶滅の重大性を記憶に留めるのは非常に難しいのだ。

 

   現在私は、気候変動センター(Climate Change Center, CCC)の共同代表を務めている。これは、韓国環境財団が、気候変動の重要性に関する研究と啓蒙を促進するために2008年に設立したものだ。世界の指導者たちは頻繁に集まっているが、今世紀末までの世界の気温上昇を摂氏2度未満に抑えるという簡単な合意にすら達することができない。私は、気候変動の影響がどれほど深刻かをよく知っているが、究極の重要性を持つのは気候変動なのだろうかとも思う。プロの科学者として、必ずしもこれは本来言うべきことではないというのはわかっている。しかし、とにかく議論のためだけでも言わせてほしい。進化を続ける技術のおかげで、私たちは、完璧な温度管理機能を備えた巨大な屋内施設を建設し、その中ですべての生活を送ることができるかもしれない。しかし、そのような技術的手段を持たず、それゆれ気温上昇に無防備にさらされる多くの植物や動物はどうなるのか? アラン・ワイズマンは、高い評価を受けた著作、「人類が消えた世界」において、人間の作った人工物がいつまで存続するか、そして、人類以外の生命体がどのように地上において存在を取り戻していくかを描いている。逆に、「生物多様性が消えた人類世界」というものがあるなら、人類はいつまで存続するだろうかと思う。

 

 

   国連は早くから生物多様性保全の重要性を認識し、2010年を「国際生物多様性年」と定めた。1年間を費やし、真剣に熱心な努力を行った結果、国連は道のりがまだまだ長いことを悟った。そこで国連は、その後10年間、すなわち2011年から2020年までを「国連生物多様性の10年」に当てることにした。私たちはちょうど今、その折り返し点を通過しつつあるが、なすべきことはまだ多くある。幸いにも、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)と同じように、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)が2013年に設立された。IPBESの組織には3つのタスクフォース(TF)、すなわち、「知識・データに関するTF」、「先住民及び地域社会の知識体系に関するTF」、「能力養成に関するTF」がある。私が院長を務める韓国生態院(The National Institute of Ecology, NIE)は、「知識・データに関するTF」の技術支援ユニットを運営している。さらに、私は現在、CBD(生物多様性条約)の議長代理を務めている。CBD COP 12は、2013年9月27日~10月17日に韓国の平昌で開催された。そして、CBD COP 13が2016年12月4日~17日にメキシコのカンクンで開催されるまでは、韓国政府が議長を務めることになっている。NIEは新設の研究機関ではあるが、世界の生物多様性保全に関しては非常に大きな責任を課せられている。「生物多様性の父」と称されるE・O・ウィルソン教授の指導を受けて研究した者として、自分の役割を果たすために最善を尽くす所存である。

 

 

 崔 在天(チェ・ジェチョン)氏 プロフィール

 

大韓民国 江陵市(カンヌン市)生まれ。江陵は、東海岸寄りに位置する市で、韓国でも最も山深い地域である。ソウル大学校で動物学を修めた後、渡米。バート・ヘルドブラー教授およびエドワード・O・ウィルソン教授の指導を受け、ハーバード大学より進化生物学博士号を授与される。韓国帰国前の1994年には、ハーバード大学専任講師、ミシガン大学助教、ミシガン学会ジュニア・フェローを務める。1994年~2006年、ソウル大学校生物科学教授。2006年、梨花女子大学校のチェア・プロフェッサーに就任、大学院にエコ・サイエンス研究科を新たに設置。7年にわたる梨花国立歴史博物館の館長職を経て、現在は、韓国生態院 創設院長、韓国生態学会 代表の他、2013年にジェーン・グドール博士と創設した気候変動センターの共同代表を務めている。

 

また崔博士は、100以上に及ぶ科学論文を発表。現在は「行動生態学・社会生物学学会誌」共同編集者、「進化心理学学会誌」「生態学研究」「動物行動学ジャーナル」「行動生物学・進化生物学フロンティア」「昆虫行動学ジャーナル」の編集委員を務める。韓国における科学の普及活動家としても著名な崔博士は、これら6つの英文専門誌に加え、一般向け書籍として30冊以上の韓国語の書籍を執筆、翻訳してきた。また、朝鮮日報に、自然と文化に関するコラムを毎週寄稿。この他、一般向けの講演も行っている。ジョン・ヘンリー・コムストック・アワード(米国昆虫学会)、第1回韓国科学文化賞、第8回アジア環境賞、第16回ウィメンズ・ムーブメント・アワード等、受賞多数。

 

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