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うつろい

02.jpg桜の花は日本において最も愛されている花のひとつです。桜の花は日本の南部でまず開花し、日本の細長い国土に沿って北上しながら開花していきます。その経過は「桜前線」と呼ばれ、春の到来を告げるものとして天気予報においても用いられています。桜が満開になると「お花見」の季節です。友人や家族や同僚と満開の桜の下で宴会をすることも、日本においては欠かすことのできない風物詩のひとつです。満開の桜の美しさはもちろん、桜が散りゆくさまは花弁が雪のように舞い散ることから「桜吹雪」といわれ、多くの日本人に慈しまれています。

桜の花の季節は短く、満開である期間はわずか一週間ほどです。そのうつろいゆく姿は、常なき様、すなわち無常です。この世にあるものは全て姿も本質も常にうつろいゆくものであり、たとえ一瞬であっても存在はその姿をとどめることはできないという仏教の無常観は、日本人の自然観の根底にあるといわれています。花が散り、生まれたものが消えてゆくとき、日本人は、短く儚い無常の花の命に、季節と生命の『うつろい』を見出し、愛おしんできました。

桜の季節だけではありません。日本人は四季のうつろいに想いをこめて、季節それぞれの美しさを見つめてきました。そうした四季折々の風物や動植物、衣食住などの生活、年中行事などを季節ごとに記し、俳句の季語(季題)をまとめたものが「歳時記」です。俳句とは、四季の自然の美しさや、それによって引き起こされる情感を、5・7・5の17音にまとめた一種の定型詩であり、その様式は江戸時代に完成しました。季語(季題)は、短い音数の中で、豊かな感情をもっとも効果的に表すために用いられる季節感を表す言葉で、俳句を詠む際には、原則として1句の中に季語をひとつ入れるという約束があります。季節のうつろいは俳句においても情緒的に歌われてきました。

日本の近代文学史上、最も優れた俳諧師といわれる松尾芭蕉(1644年-1694年)は、様々な土地へ旅をしながら多くの俳句を残しました。芭蕉は季節のうつろいに自らの思いを託し、17音のなかで表現しています。

年々や桜を肥やす花の塵

(年年歳歳桜の花が咲き、その花びらが根元に落ちて、やがて桜の木の肥やしとなる。こうして桜はまた見事な花を咲かせている。)(1691(元禄4)年3月23日)

散った桜が再び開花するように、この世に存在するすべての生命は、互いにつながりあっています。すべてがつながりあい存在する中で、あるものは滅びまたあるものは生まれます。自らの営みを繰り返しながら、日本人は自然と対峙し、うつろう季節をいつくしんできました。

季節のうつろいに想いを馳せることは、自然を守り、親しみ、知る機会の少なくなった現代人にとっても、あらためて自然と共に生きていることの大切さを感じることなのです。

(谷本理恵子)

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