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原風景

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「あなたの原風景は?」と問われれば、多くの人は幼い頃に過ごしたふるさとの風景を思い出すでしょう。それは単に景色と言うよりは、色や匂い、音、触覚、味覚など五感を伴う情景として記憶されていることも少なくありません。

 

川を縁取るタンポポがどこまでも続く土手、稲穂が風に揺れる田園風景。カモメが飛び交い、水平線に真っ赤な夕日が沈む港の景色。黄昏時の帰り道、晩ご飯の匂いが漂う下町の路地など、それらは「郷愁を呼ぶ風景」であり、懐かしさを感じながら、年齢を重ねるごとに深く印象に残っていきます。

 

よく「日本の原風景」という使われ方をしますが、この場合、日本人が「心のふるさと」として思い浮かべる最大公約数的な風景を示しています。その代表と言えるのが、棚田や水田のある農村風景であることが多く、田んぼや小川、池や里山などの緑豊かな自然を含めた景観が、昔から日本人の「安らぎの原風景」として意識の中に存在しているからだと思われます。

 

かつて日本の田んぼには、あたり前のようにホタルが見られました。農薬を使わない農業のため、生き物の連鎖が保たれていたのです。水のきれいな小川、近くには落葉を落とす雑木林、その落葉や石ころに付くコケ、そこに育つ虫や貝、それを食べるホタルの幼虫。やがて成長したホタルが光を放って夏の夜に舞う。ホタルの浮遊に限らず、このように、人と自然と生き物が共存する「生物多様性」の恵みによって描き出されるさまざまな情景は、それがたとえ生活していた環境ではなくても、憧れの心象風景として心に刻まれている場合がよくあります。それは、自然の営みの中にある色や音や匂いなどによって、不思議と心が癒されるという、人間の本能的な感情の表れかもしれません。

 

「緑のそよ風いい日だね 蝶々もひらひら豆の花

七色畑(なないろばたけ)に 妹の つまみ菜摘む手が かわいいな」

(日本の童謡:作詞/清水かつら 作曲/草川信)

 

日本の大切な文化でもある「童謡・唱歌」には、日本人の原風景がたくさん残されています。それらは自然の豊かな時に作られたものが多く、美しい自然とそこで育まれた虫や魚や鳥や動物たちが季節の中でのびのびと息づいています。最初の一節を聞いただけで、誰にでも広がる日本の原風景。だからこそ、子供の頃の音楽の時間に習っただけなのに、いつまでも忘れられずに歌い継がれているのでしょう。

 

(干場由利)

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