English

FROM Japanese

和紙

Gasshozukuri

戸籍や写経、儀式や行事、書や画、障子や襖、傘や合羽、灯りや器……。日本において“紙”は、記録紙としてはもちろん、神事、芸術から庶民の生活用品まで、きわめて幅広い分野で用いられてきました。世界に類のないこうした“紙”の用途の多彩さ。それは日本でつくられた紙、「和紙」が、自然な強さと美しさ、心地よい軽さとしなやかさなど、いくつもの優れた特性を日本独自の製紙技法によってかなえていたからに他なりません。

 

和紙の原料となるのは、「楮(こうぞ)」、「三椏(みつまた)」、「雁皮(がんぴ)」などの植物で、表皮のすぐ内側にある柔らかな繊維が使われます。なかでも重用されてきたのが「楮」です。奈良の正倉院には、1300年以上も前に和紙でつくられた戸籍用紙が、いまも朽ちることなく姿を留めています。その和紙の原料も楮といわれています。ではなぜ、たくさんの草木の中から、楮が使われたのでしょうか。それは、もともと日本の野山に自生していたこと。他の植物に比べ繊維が長く、強くしなやかな紙をつくれること。比較的栽培がしやすく生長が早いこと。そして株の寿命は20〜30年といわれ、何年にもわたって収穫できることが、その理由として考えられます。

 

よりきれいな和紙を漉くためには、入念な原料処理が欠かせません。楮などの植物から取り出した繊維を、冷たい清流に浸して清めたり、不純物を一つ一つ取り除いたり。多くの手間と暇をかけて下ごしらえをした後、日本独自の紙漉の技、「流し漉き」によって、和紙は漉かれます。流し漉きとは、紙を漉く道具を縦方向や横に4〜5回ほど揺り動かす方法で、日本で考えられた技法です。揺り動かすことで、植物の繊維がよく絡み合い、強さとともに滑らかで美しい紙に仕上げることができるのです。漉き上げられた和紙は、時間をかけて水分を十分に絞り出してから、木の板などに貼り付け天日で乾かします。太陽の光を浴びることで、和紙はいちだんと色艶が冴え、独特の風合いを醸し出します。

 

楮を原料に、流し漉きで製法する日本独自の技は、「和紙:日本の手漉和紙技術」として、2014年11月、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。対象となったのは、島根県浜田市の「石州半紙(せきしゅうばんし)」、岐阜県美濃市の「本美濃紙(ほんみのし)」、埼玉県小川町・東秩父村の「細川紙(ほそかわし)」の3件です。いずれも同じ原料を使い、同じ製法で紙を漉いていますが、できあがる和紙の風合いは産地によって異なり、手づくりならではの温もりに満ちています。日本ではこの地域以外でも、原料処理から乾燥までの工程を手作業で行う、昔ながらの製法で様々な「和紙」が漉かれています。

 

天然の植物、清冽な水、眩い陽光など天与の恵みをもとに、一枚一枚、手作りで漉かれる和紙は、ただの紙でありながら、豊かな表情を宿し、やすらぎにも似た心地よさをもたらしてくれます。けれども現在、日本の暮らしの中で和紙と接する機会は、残念ながら多くはありません。このまま和紙を世界的な“遺産”としてたたえるだけではなく、自然から与えられた暮らしの“資産”として活かしてこそ、日本の伝統文化としての「和紙」を、もっと世界に誇ることができるのではないでしょうか。

 

(沼田 充)

English