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リレーコラム

最近、自然を感じた食べ物

(1) 最近、自然を感じた食べ物

香坂 玲
金沢大学大学院人間社会環境研究科 地域創造学専攻 准教授

 能登半島の在来品種の三階ネギの収穫を見学させていただいた時のことだ。土のなかから取れたてのネギを一皮をむいて、「甘いから食べてみて」農家の方が差し出してくれた。本当にサラダのようで甘い。土まで優しいと言われる能登半島を体現したようなネギだ。香川出身の学生は、「うどんにはもう少し辛みのあるほうがいいけど」といいながら、美味しそうにまた一口食べていた。 

 

 「生物多様性」やそこからの恵みである「生態系サービス」というと、少し難しい印象を抱かれることが多い。 ただ言葉では難しくとも、胃袋に直接話しかけてくれるとなると、納得してもらえることも多い。身土不二、地産地消、スローフード、いろいろな言い方や試みがあるが、旬のものをその場で味わうこと、それがその場所場所の生態系というネットワークとつながっていることはご理解いただけるだろう。

 

 田んぼや農地が、いかに効率よく生産するかということに専念をする政策が打たれてきた。トンボ、ゲンゴロウ、あるいは害虫でも益虫でもない、虫たちの住処でもあった。あるいは、地域の人々がお祭り、水や作物の共同作業を通じてて顔を合わせてる、コミュニケーションの場でもあることを、ネギの甘い味は思い出させてくれた。

(2) 最近、自然を感じた食べ物

青木陽子
環境ジャーナリスト

英国に「チャード」と呼ばれるおおぶりのホウレンソウのような葉もの野菜がある。日本でもフダンソウという名でごくたまに見かけるが、傷むのがはやいからか、英国でもスーパーなどでは稀にしか見かけない。

シュウ酸が多く下茹でしてアク抜きをしないとならないが、柔らかく甘い舌触りで、クリームなどと煮るととろりとして、それでいてビタミンやミネラルがたっぷりとれると確信できるコクがあり、たまらないのだ。

これをわたしは自分の小さな菜園で常に切らさないようにしていた。切らさないようにと言っても、次々に新しい葉が生えてくるし、勝手に種をつけて地面には苗が育ってくる強い野菜だ。

この菜園は無化学肥料無農薬にしていたので、ナメクジなど各種「害虫(人間から見れば)」のみなさんにお引き取りいただくのに苦労していたのだが、チャードはシュウ酸のおかげか大食漢のナメクジもほとんど食指(食足?)を伸ばさない。おまけに寒さにも強く、秋までにある程度大きく育てておけば、冬に貴重な緑として楽しめる。菜園持ちの夢のような野菜なのである。

残念ながら、最近の引っ越しでこの菜園は諦めざるを得なくなった。自分の食卓から自然が遠くなったことが寂しくてならない。プランター菜園を再開しなければと思っている。チャードも育てられるはずだ。

(3) 最近、自然を感じた食べ物

高橋俊守
宇都宮大学 農学部附属里山科学センター 副センター長

5月の連休に思い立って、栃木県鹿沼市にある古峯神社に家族で出かけた。古峯神社は、千年以上の歴史を有し、日光を開山した勝道上人が修行をしたとされる由緒ある古社である。ここでは、参拝のあと清々しい気持ちで、直来をいただくことができる。直来とは、御神酒と神饌料理のことで、要するに「神様のお下がり」である。当初は余り気乗りのしなかった(様に見えた)家族も、お膳に並べられた食事を前にして、気持ちも和んでくる。その直来で必ず添えられているのがけんちん汁だ。サトイモ、ダイコン、ニンジン、ゴボウ、コンニャクなど、地域でとれる植物性の具材が、あっさりとした汁で味付けられたものだが、これがなかなか味わい深い。古峯神社のけんちん汁は、調理法も伝統的な方法に則っているそうだが、実はこのけんちん汁、栃木県では何かことある毎に作られていて、典型的な郷土食と言って良いと思う。例えば昨秋に、県内のとある場所で開かれた「新そば祭り」に出かけると、新そばが熱々のけんちん汁に入って出てくる。新そばは塩からいそばつゆで、ざるでいただくものと思い込んでいる東京生まれの私には、何とも驚いてしまうような出来事であったのだが、地元住民が期待している味付けとしては、これ以上のものはないのだ。縁あって栃木に来て9年、郷土の自然と文化、そして歴史をも反映している一杯のけんちん汁を、ようやく愛しく思うようになってきたこの頃である。

(4) 最近、自然を感じた食べ物

竹本徳子
立教大学経営学部 教育研究コーディネーター

「自然を感じる食べ物」ってなんだろうと考えていた矢先、株式会社デイツの野菜ソムリエ・上西智子さんから、「野菜de健康教室」のご案内を頂いた。今回は朝採りトウモロコシの食べ比べとのこと。実は関東でトウモロコシが旬といえるのは6月~7月の数週間。収穫してから24時間で甘みが半減するという。トウモロコシは湯を沸かしてから採りに行けといわれているくらい、新鮮さが美味しさの秘訣。というわけで馳せ参じた。

昔ながらのなつかしい味に近かったのは「未来」、粒のでかい黄色みが強い「ゴールドラッシュ」はマスクメロンのように甘い。色が白っぽく少し小ぶりの「ホワイトショコラ」はその名の通り、チョコレートの味がして、何やら水分も多めで皮も柔らかい。最後はしっかり固めの黄色の粒と柔らかい白い粒が混ざった「ミルフィーユ」。サクサクした食感でこれもお菓子の名前。いつからトウモロコシがお菓子になったのかと驚く。どれも生のままで食べられると聞き、これまたビックリ。

海外に比べ、日本の市場はりんごもトマトも甘みの強いものが好まれ、甘みの追求が品種改良の歴史といえるらしい。昔ながらの固くてしっかりした酸味のある紅玉や青臭いトマトは消えていく運命なのか。もぎたての旬のものを頂けば、確かに自然を感じた気になるが、一方で「元々、野菜は人が栽培してきたもので、自生のものじゃないし、自然を感じるっていうのは、すぐに新鮮さや甘さが奪われるってことかしらね」と上西さん。この自明の理に逆らい、都会にいながらにして新鮮で美味しいものを食べたいという私たちの強欲さ。どれだけのコストをかけ、化学薬品に頼り、生態系を奪ってきたことか。上西さんに感謝しつつ、梅雨空にHow much is enough? と自問する我。

(5) 最近、自然を感じた食べ物

遠藤 立
(公財)日本生態系協会 生態系研究センター
統括主任研究員/技術士(環境部門)

昨年の春、西インド洋に浮かぶ島国・セーシェル共和国を訪れました。この国は、固有の珍しい動植物が生息し、世界最大のヤシの実をつけるフタゴヤシが自生するプララン島のヴァレ・ド・メ国立公園と、世界最大級のゾウガメの生息地のアルダブラ環礁が、UNESCOの世界自然遺産に登録されています。

この国では、観光が外貨収入の7割を占める重要な産業です。1976年の独立時、政府は豊かな自然を資源として捉え、自然を前面に出した観光立国を目指しました。今では、その豊かで美しい自然を求めて、主に欧州から多くのハネムーナーが訪れる、人気の高級リゾート地として発展しています。

この国を訪問して驚いたことが2つあります。その1つは、毎度の食事が大変美味しいことです。なるべくローカルなクレオール料理を提供するレストランで食事したのですが、食材そのものの味が生かされ、豪華でなくても心が満たされる思いでした。朝食に出された果物があまりにも美味しくて、「何という果物ですか?」と尋ねると、庭の木を指して「あれ。」と答えます。熱帯気候で育ったさまざまな果物を、旬を考えて提供してくれるので、濃厚な味を堪能することができます。美しく豊かな本物の自然と同化して過ごす中、お金では測れない価値を得ることができます。

最後にもう1つの驚きとは、豊かな自然を資源と捉えるこの国では、国土の50%を自然保護区にして、持続可能な国として歩んでいるということです。

 

セイシェル果物.JPG

 

(6) 最近、自然を感じた食べ物

道家哲平
日本自然保護協会/保全研究部 国際自然保護連合(IUCN)日本委員会事務局担当

 2歳をすぎた娘の好物に「切り干し大根」がある。野菜を残そうとする娘にも、これは例外らしく、ぱくぱく頬張る。切り干し大根は、冬に収穫された大根を薄く切って、冬場の乾燥する時期に、天日にさらして乾燥させてつくる太陽と風の恵だ。東京でも居酒屋やお惣菜屋で普通に目にする。

少し違うのは、ユネスコエコパークとして有名な宮崎県綾町の有機栽培の大根で作られた切り干し大根というところだ。綾町は、綾町憲章(1983年)として「自然生態系を生かし育てる町にしよう」を掲げ、1988年に全国初の有機農業推進条例を制定した町。季節毎にいくつも魅力的な野菜や果物を作り出す綾では、切り干し大根は古くから作られているなんてことのない産品の一つ。私は出張に行くたびに、町の地域経済活性化のために役場前に作られた「ほんものセンター」で100グラム120円という値段で2−3袋買って帰るのが習慣であった。

 最近になって、宮崎空港にある産物販売展で、全く同じものが250円と、2倍以上の値段がついているのを発見し驚いた。綾でしか切り干し大根を買ったことがなかったので値段なんか意識もしていなかったのである。さらに東京のスーパーで宮崎産の“普通の”切り干し大根を調べたら、30グラムで140円(100グラム470円)。有機国産切り干し大根をネットで調べるとなんと30グラムで255円(100グラム850円!)。流通コストを考えれば単純に比べるものではないが、私は(そしておそらく、綾町民も)気づかぬうちに驚愕する安さで、切り干し大根を手にしていた。

 「都会と、自然が豊かで生産と消費の近い地域とでは、モノの価値感(値段)が相当異なる」。大げさかもしれないが、切り干し大根というありふれた食べ物のことだけに、その事実はひどく衝撃的な発見だった。

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