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2014/07/04
生態系を基盤とした防災・減災(Eco-DRR)をめぐる国際的動向    -古田尚也

近年、ハリケーン、洪水、干ばつなど世界中で大規模な自然災害が多発している。これは、実際の統計にも裏づけられている。過去数十年の間、世界で発生した自然災害の数は増加の一途をたどっている。特に、気象学的、水文学的、気候学的な災害が増加している。一方で、こうした自然災害による死者数は減少傾向にある。これは、自然災害に対する知識や備えが向上したことによるものと考えられている。他方、経済的被害を見ると、指数関数的に増加傾向にある。また、地域別に自然災害の発生をみると、数、死者数、経済的損失いずれの点においてもアジアが圧倒的に大きな割合を占めている。

 

災害とは国連防災戦略(UNISDR)によって「影響を受けたコミュニティや社会自身の対処能力を超えるような、人的、物的、経済的、環境的損失などを伴う、コミュニティや社会の機能を著しく阻害する事象」と定義されており、災害リスクは、ハザード(危険事象)、曝露、脆弱性の3つの独立した要素の組み合わせによると考えらえている。ハザードは火山噴火や雪崩などの自然現象である。もし、こうした現象が人里離れた場所でおきたとしたら、災害にはならない。ハザードが発生する場所に人や何らかの資産が存在すること(曝露)、そしてそれらがハザードに耐えることができない(脆弱性)ということによって、はじめてハザードは災害になる。

UNISDR Terminology http://www.unisdr.org/files/7817_UNISDRTerminologyEnglish.pdf

 

こうした要素ごとに過去のトレンドを分析すると、ハザードは地球温暖化による影響が顕著に現れはじめている熱波や集中豪雨などを除けば、ほぼ一定・周期的に発生している。一方、災害への対処能力や建築基準の向上、経済的豊かさの向上など、災害に対する脆弱性は改善傾向にある。問題は、世界的な人口増加や都市化などによって引き起こされている、ハザードが起きる地域への人や資産の集中である。この曝露の要素は、年々悪化する傾向にあり、これが世界的な自然災害増加の大きな要因であることが指摘されている。

 

自然災害にかかわる機関としては、以前は、災害発生後の復旧・復興を担う軍や政府機関、人道支援に関するNGOなどが中心となっていた。しかし、自然災害が大きな経済的損失をもたらす持続可能な開発の大きな阻害要因の一つとして認識されるようになると、2000年にUNISDRが設立され、世界銀行のような開発援助機関が自然災害の分野に関心を示すようになり、災害発生の後にどのように対応するかではなく、災害が発生する前にいかに対策を講じるかということに焦点が移ってきた。

 

2005年に神戸で開催された第2回国連防災会議で採択された「兵庫行動枠組み(HFA)」は、こうした流れを決定づける画期的な成果であった。これは、災害リスク削減(DRR: Disaster Risk Reduction)をその考えの中核に据えた、初めての世界的な枠組みであり、自然災害にかかわる世界中の関係者の指針となるものである。災害リスク削減とは、ハザードは定期的に発生するということを前提として、いかにそのハザードから発生する災害を小さくとどめるのかという発想に基づいている。

 

「兵庫行動枠組み(HFA)」は包括的な枠組みであり、5つの柱から構成されている。HFAの5つの柱ごとの進捗状況はUNISDRに各国から報告されているが、4番目の柱「潜在的リスクの軽減」に関する進捗が最も悪いことが判明している。実は、この4番目の柱「潜在的リスクの軽減」の中に、生態系の管理が盛り込まれている。健全な生態系や生物多様性を保つことは、災害リスク削減につながることは、直感的にも明らかである。健全な森林は土砂崩れなどのハザードの発生を防止する。また、健全な生態系は災害後の緊急時に必要な水や燃料などを緊急避難的に供給してくれるなど脆弱性の強化にもつながる。また、ハザードの危険のある場所を保護地域などに設定して開発から守ることは、曝露の削減に貢献する。

 

さらに、生態系を活用したDRRの方策は、コンクリート等の人工物による対策に比べ、費用が一般的に安価であること、例えハザードが発生しなくても付随的な便益を提供してくれるなどのメリットが存在する。こうしたことから、現在世界中で生態系を活用したDRRの試みが数多く実施されるようになっている。もちろん、生態系がすべての災害を防ぐことは難しい。しかし、工学的な方法や他のソフトな方策と組み合わせることで、効果的な解決策となることも多い。しかし、往々にしてこうした生態系の役割は無視されがちである。

 

2008年にIUCNを含めた10以上の国際機関やNGOが環境と減災に関するパートナーシップ(PEDRR:Partnership for Environment and Disaster Risk Reduction)を設立した。PEDRRでは、DRRにおける生態系や生物多様性の積極的な役割に光をあてるために世界各国の知見を集約し、トレーニングコース等を実施し、政策提言活動を実施している。つい先ごろ、インドネシアで2度目となる科学政策国際ワークショップも開催され、世界から約100名の関係者が集まり経験の共有を行った(写真1)。

 

第2回PEDRR科学政策国際ワークショップ.png

同時に、自然災害と気候変動の関係についても国際的に議論が活発化している。過去、気象、水文、気候関係の自然災害が増加してきたが、先ごろ発表されたIPCCの第5次評価報告書でもこれらの事象は気候変動の影響によって今後さらに増加するものと予想されている。こうしたことから、近年では災害リスク削減と気候変動への適応(CCA:Climate Change Adaptation)に対して統合的なアプローチをとるべきだという議論が高まっている。実際、災害リスク削減と気候変動適応にはオーバーラップする部分が多い。災害リスク削減は短期的な課題である一方、気候変動適応は長期的な課題であるという違いもある。しかし、現実の対策としてはどちらか一方だけ考えるのではなく、ひとつの対策が双方に資することも多い。

 

第3回国連防災世界会議.png

2015年3月に第3回国連防災世界会議が日本の仙台市で開催される(写真2)。日本は第1回の横浜から、第2回の神戸、そして第3回の仙台と、防災の分野で世界的なリーダーシップを発揮してきた。2015年の仙台での会議では、「兵庫行動枠組み」の次期枠組みHFA2が採択される見込みとなっている。IUCNでは、昨年11月に仙台で環境省と共に開催した第一回アジア国立公園会議や今年11月にオーストラリアのシドニーで開催する世界国立公園会議において、生態系や生物多様性と災害リスク削減や気候変動適応について、東日本大震災の経験も踏まえて世界的な議論を深めてきたが、こうした議論の成果を2015年3月の第3回国連防災会議に反映させていきたいと考えている。

 

 

(古田尚也、IUCN(国際自然保護連合)シニア・プロジェクト・オフィサー)

 

 

 

 

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