From Winners – The MIDORI Press /ef/midoripress2020/ Mon, 28 Dec 2020 06:32:05 +0000 ja hourly 1 「平和」「公平」そして「自然との調和」のある未来~世代間の視点~ /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/6390/ Mon, 28 Dec 2020 06:18:51 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6390

メリーナ・サキヤマ

「生物多様性グローバルユースネットワーク(GYBN)」 共同創設者
MIDORI Prize Winner 2020

2011年から10年の節目を迎え、世界各国政府は、生態系の危機抑制を成功させようと交渉し、新たな世界的目標を定義しコミットを試みているが、時間との戦いに追われている。

この10年間で、私たちは、気候と生物多様性に関する危機に対し、更なる知識、ツール、意識を得て、協調的な行動をとってきている。しかし結果としては、京都議定書、ミレニアム開発目標、愛知目標など、多国間において合意した目標のほとんどを達成できず、大変残念な結果となっている。この大きな政治的失敗は、生態系や物理的システムの健全性を著しく低下させ、気候と生物多様性の危機を悪化させる一方だ。

一方同じ10年間で若者による運動は拡大し力をつけ、意思決定に参加し、自分たちの権利を主張することを可能にしてきている。子どもや若者は、いまだに疎外され、世界のほとんどの国で脆弱な状況に置かれてはいるが、力の不均衡に対処するための政策や法的・制度的な取決めが近年開発され、若者が自分たちの考えを発言し、自身の生活に影響を与える決定に、関わることが可能になってきている。

このような状況の中、生物多様性グローバルユースネットワーク(GYBN)は、生物多様性に関するガバナンスへの若者の行動のエンパワーメント、動員、調整のための集団的な取り組みを進めるため設立された。10年間に渡り、若者が中心となって生物多様性に貢献し、今では世界145カ国以上100万人以上の若者が参加する運動に成長した。

GYBNは、未来の生物多様性について若者の声と視点をまとめるために、協議プロセスを重ねている。自然とのつながりを取り戻し、多様性を称え、その恵みに感謝し、私たちが自然の一部であることを忘れずにいる世界を築きたいと、130か国以上からの若者の代表が集まり、活動している。

若者たちは、自然と人々のための公平性、持続可能な生活、私たちの生命維持システムである生物多様性の完全性を維持する世界を切望している。(www.gybn.org/policy)

COP10 Youth席
生物多様性条約第10回締約国会議 ユース席にて

世界の若者たちは、私たちの生活と未来を脅かす生態学的危機が、現在の経済社会システムの根底にある不平等と力の不均衡と、深く結びついていることを理解している。さらに、これらのシステムは、不平等を悪化させ、公正で持続可能な未来に向けた進歩を妨げる価値観、信念、原則により成り立っている。

最近のIPBESによる「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」によると、価値観と行動、不平等、保全における正義と社会的包摂、消費と廃棄物の削減、教育と知識の共有、豊かな暮らしについての多様な認識など、重要なポイントについて努力することで、持続可能性に向けた変革の可能性は高まることが示されている。

この理解に基づき、若者たちは、短期的で即効性のある解決策は、現代社会で主流となっている値観や原則に根ざした深い社会的葛藤に対処するための答えではないとわかっている。

生物多様性条約第11回締約国会議にて

世界の最大の問題は、現在まで続く歴史的なルーツを持つ根本的な不平等に由来する。この問題の解決には、価値観、原則、行動、制度、政治、法制度、経済制度に至るまで、深遠で体系的な社会全体の変革と社会正義の揺るぎない追求が不可欠だ。

2020年は、この変革と未来のためのビジョンに向け、全世界で、支援を募る年となるはずであったが、実際はそうはならなかった。人間社会は、私たち自身によりもたらされた生態系の劣化による世界的なパンデミックによって破壊され、人類は今、瀬戸際に立っている。このまま壊していくのか、あるいは立て直すのか?価値観、原則、習慣を変えることへの抵抗を克服し、平和、公平、自然との調和のとれた未来のビジョンに向かって動き出せるだろうか?

政府、企業、機関はいまだに麻痺しており、変革に向けて歩みを進めることに消極的である一方、若者たちは自分たちの未来にオーナーシップを持ち、模範となる行動を取っている。#MeToo(ミートゥー)、#BlackLivesMatter(ブラック・ライヴズ・マター)、Fridays For Future(フライデー・フォー・フューチャー)、その他多くの世界的な運動は、創造性と集団行動を駆使して、地に足のついた変化をもたらし、実際に力と責任と資源を持っている人たちに、この生態学的危機に取り組むためのコミットメントと行動を促している。

私たちはどのようにしてこの運動をサポートできるだろうか?

  1. 世代間の対話や議論に参加し、若者の代表者、若者によるグループ、組織を集めて、彼らの見解や考えを発信する。
  2. 若者が自らの行動のオーナーシップを持ち、アイデアを実行できるように、若者主導のイニシアチブを財政的に、あるいは物資を供給し、支援する。
  3. 意思決定、計画、実施プロセスへの若者の完全かつ効果的な参加を促進する。
  4. 若者の権利と世代間の公平性(世代間と世代内の公平性と正義)を尊重し、実現すること。若者に対する、形だけの平等主義、操作、適切な報酬を支払わずに彼らの労働力を利用することをやめる。

世界中の若者たちが率先して、進むべき道を示している!

この運動への皆さまからの参加をお待ちしています。

https://fornature.undp.org/content/fornature/en/home/open-letter.html

www.gybn.org/policy

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キルムイジム森林保全と気候変動対策としての蜂蜜バリューチェーン(価値連鎖)の開発 /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/6338/ Fri, 30 Oct 2020 12:31:19 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6338

ウィルシー・エマニュエル・ビニュイ 

環境活動団体「カメルーン ジェンダー・環境ウォッチ」 (CAMGEW)創設者
MIDORI Prize Winner 2020

はじめに

環境活動団体「カメルーン ジェンダー・環境ウォッチ (CAMGEW)」は、2007年10月に設立された非営利団体で、カメルーンの環境とジェンダー問題に取り組む活動をしている。「地球規模で考え、地域で行動しよう」をスローガンとして掲げ、環境とジェンダーの問題を同時に解決することを進めている。

キルムイジム森林地帯

キルムイジム森林地帯はバメンダ高原の一部で、カメルーン北西部に位置する。産地認定製品として「オク・ホワイトハニー」はこの地域で生産されている。

その広さは2万ヘクタールに及び、最高地点は標高3011mに達する。火口湖であるオク湖はこの地域に位置する。またキルム山は、カメルーン山に次いで、国内で2番目に高い山だ。オク・ホワイトハニー、キノコ、薬用植物、スパイスなど、木材ではない農産物が豊富な生態系を有する。オク・ホワイトハニーとペンジャホワイトペッパーは、カメルーン産として認められる2大農作物だ。蜂蜜の生産には、ヌクシア・コンゲスタ(Nuxia congesta)、プルヌス・アフリカーナ(Prunus africana)、シェフレア・アビシニア(Schefflera abyssinica)シェフレア・マンニ(Schefflera manni)などの木々が使用されている。これらの木々は、水辺の地域で良く育ち、絶滅危惧種に指定されているバナーマンズ・トゥラコ(Bannerman’s Turaco)などの鳥を迎い入れる。また、この地域にはニュートニア・カメルネンシス(Newtonia camerunensi)など、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに登録されている絶滅危惧種の木も自生している。

キルムイジム森林地帯におけるCAMGEWの活動

CAMGEW は2012年から2020年にかけて、キルムイジム森林地帯に8万7千本の植樹を行った。蜂が好む植物を植えており、8万本の苗木を育てる施設を3か所に開発した。
CAMGEW は1,388人の養蜂家を養成し、蜂蜜生産、品質管理、蜜蝋抽出に関する教育を行った。訓練を終えた養蜂家には1,354個の蜂箱が配布され、6つのオクホワイトハニー協同組合が組織化された。養蜂の教育を受けたもののうち、女性は約30%、若者は30%の割合だ。採取した蜂蜜を貨幣にするため、州都バメンダでCAMGEWの蜂蜜店が出店されている。蜂蜜、蜜蝋、キャンドル、養蜂スーツ、養蜂用燻煙器、蜂蜜ワイン、蜂蜜ジュース、蜂蜜石鹸、蜂蜜粉末石鹸、蜂蜜ボディローションなどを販売する。これまでに142名の女性と若者が、蜂蜜チェーン開発に関する起業家研修を受けた。

植樹のため苗を運ぶ人々
養蜂研修

またCAMGEWは、森林に関しての意見交換、意思決定を支援するために、2つの森林マルチステークホルダー・プラットフォームを設立した。地域社会による7つの森林管理機関が再編成され、772人の農民が森林農業技術研修を受けることができた。

自立生計支援

CAMGEWは、自立生計を支援する活動も行っている。1,580人の女性がビジネススキルの訓練を受け、1,325人の女性が経済的な融資支援を受けてきた(毎月総額5,500米ドル)。これらは森林地域に住む女性に対して、マイクロファイナンスの役割を果たしている。また、44人の10代の青少年は、プラスチックやアフリカのファブリックを再生利用し、宝石やバッグ、ベルトを作る職業訓練を、78人の10代の母親は、地元の食品加工の訓練を受けるなど、さまざまな教育支援が行われている。

山火事防止

山火事は2012年には7件あったが、2018年、2019年には1度も起きなかった。2014年に起きた1回の山火事では、約1,000ヘクタールの森林が破壊されていたが、 2017年の山火事の際は、養蜂家を中心とした地域住民70人以上が森に入り、火災を鎮め、5ヘクタール弱の焼失に留めることができた。養蜂家は自分の蜂の巣を失わないよう、連帯して山火事を防ぎ森林を守る。このように、養蜂=仕事=蜂蜜=収入=森林=保全と全てはつながっている。CAMGEWの蜂蜜店は、気候変動を引き起こす山火事の防止につながっているのだ。蜂蜜は、森林を守る行動に地域社会を巻き込むための手段となっている。

種の絶滅を避けるために

CAMGEW は、バメンダ高原とバンブータス地域の乾燥熱帯地域のみに生息しキルムイジム森林にも自生しているニュートニア・カメルネシス(Newtonia camerunensis) を 3,700 本植樹した。この種は、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅危惧種に指定されている。森林の人工育成は難しいと科学では言われているが、CAMGEWはこの植樹に成功した。また、キルムイジム森林は絶滅危惧種である赤い羽を持つ鳥「バナーマンズ・トゥラコ」の最大の生息地でもある。その羽は著名人、有名人の冠に使用することが伝統である。

 気候変動に泣かされる養蜂家たち

蜜蜂の生息地であるキルムイジム森林の年間降雨量は年々不規則になり、養蜂生産に大きく影響を与えている。2018年は、雨の時期が早かったため、花が少ない一方で木が育ち、蜂蜜生産が40%減った。花が少ないため、蜂蜜の収穫時期の決定が難しくなった。通常よりも早い4月中の収穫を決めたものは、通常の収穫時期である4月末や5月に収穫した養蜂家よりも、多く収穫できた。養蜂家にとって、今は気候変動への適応、それを緩和する行動が必須となる。また、養蜂家たちは養蜂の代替事業として、森林農業、オーガニックコーヒー栽培等の訓練も受けている。

進むべき道

母なる大地の未来は我々の手に委ねられている。「社会正義と環境正義を開発の中心に据えることで、この地球を持続させることができる」と私たちは信じている。

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驚異的な大量絶滅期を迎えて /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/6249/ Tue, 20 Oct 2020 09:27:21 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6249

ポール・エベール

カナダ ゲルフ大学 統合生物学部教授
2020年 The MIDORI Prize for Biodiversity 受賞者

我々人類は、地球という星を何百万種もの生物と共有している。その生物のうち数百種は、農業、水産業、林業において重要な種である。また別の数千種は、美しさにおいて、価値あるものとされる。その一方、病原性や毒性により駆逐される種もある。しかし多くの種は、気に留められることすらないだろう。種は数百万年生き、多様化する道を行くか、逆に絶滅するかのどちらかだ。しかし、この生物学的な一定のリズムを混乱させ、壮大な規模での種の損失が起きようとしている。地球の歴史では、これまでに5回の大量絶滅しか記録されていないため、その間に100万世紀が経過している。今回の6回目の絶滅期は、このまま状況が変わらない限り今世紀中に起こる可能性がある。我々人類は、驚異的な時代を迎えつつあるのだ。

1992年の地球サミットでは、世界各国政府よりこの危機が注目され、生物多様性条約が批准され、その遂行を調整する事務局も設立された。しかし、それから30年が経過した今でも、生物多様性の損失はさらに深刻化しているのが現実だ。その原因は明らかである。人類の人口急増が土地の開発利用を激化させ、野生動植物界の破壊を加速させている。私たちは、生物多様性の損失を必然のこととして受け入れ、傍観しているわけにはいかない。前例のない規模の破壊に対する責任をとるべきだ。地球を共有する1000万種以上の生命の遺伝子は、解読されることなく破壊されようとしている。我々がこの世界に活力をもたらすためには、解読はさることながら、生きている種の保全が必要だ。

2010年8月 カナダ マニトバ州チャーチル ハドソン湾にて 昆虫サンプルを採取するエベール氏。この地域の全ての種のDNAバーコード リファレンス ライブラリを開発した。
2011年11月オーストラリア国立昆虫コレクション(ANIC)にて 標本を調べるジョン・ラ・サール氏(オーストラリア国立昆虫コレクション所長)とエベール氏。国立昆虫コレクション(ANIC)の協力により、オーストラリアのチョウやガの代表的な標本の分析、DNAバーコード リファレンス ライブラリの構築が可能になった。

単純な解決策はまだ見つからないが、まずは、生物多様性への関心を高め、種の損失を抑制する戦略を立てなければならない。それには生物多様性をより詳細に理解することが不可欠であろう。人類は破壊への道をまっしぐらに進んでいるわけではない。環境問題が十分に情報化され、解決策が明確になれば、我々はそれに対応する能力がある。その行動は遅れることもあるが、まだ間に合うこともある。例えば、フロンによるオゾン層の破壊の問題だ。その仕組みが証明されれば、方向転換しその使用を抑制してきた。また、地球温暖化と炭素系燃料の関係が示されれば、脱炭素化が推進される。この行動パターンは明らかである。科学が語れば、社会は行動を起こすのだ。

科学技術の進歩と社会行動の間には密接な関係がある。例えば、クロロフルオロカーボンや温室効果ガスによる地球規模の影響を記録した高度なセンサーネットワークによって、大気化学の変化を抑制する動きが始まっている。しかしそれとは対照的に、生物多様性における科学は、技術の進歩が遅く、減少している種を記録するケーススタディに頼った学問である。そのため、世界の生物多様性をマッピングする能力に欠けている。そこで、国際バーコード オブ ライフ コンソーシアムは、2019年の設立以来7年間に渡り、1億8,000万ドルの費用と投じ、研究プログラム「BIOSCAN」を立ち上げた(図1)。高度なDNAシーケンサー、コンピュータ ハードウェア、デジタル撮影技術によって生物の情報解析を推進する「BIOSCAN」により、人類の他種への影響の分析が可能になるであろう。

図l:オレンジ色の32か国は、国際バーコードオブライフ(iBOL)コンソーシアムへの参加を通じてBIOSCANプログラムを推進している。

まもなくクモの巣のようにはりめぐらされたネットワークが標本を採取、DNAを読み取り、その情報を静止衛星に送信できるようになるだろう。水中ドローンは水生生態系をパトロールし、DNAを摂取して塩基配列を決定、地上に上がってデータを送信してくれるだろう。そうなれば、毎年何十億もの標本分析が可能になる。また、これらのセンサーネットワークは、ほぼリアルタイムで生物学的変化を追跡するグローバルなバイオ監視システムにもなるであろう。

科学分野の変革やその解決策が生み出される時期が、その解決策を必要としている危機の発生の時期と重なることは稀である。しかし、それは今、生物多様性科学の分野で起こりつつある。その進歩は、絶滅への瀬戸際に立つ生物を、地球に引きずり戻すために必要な知識を人類に提供し、何百万種が地球から絶滅していくのを防ぐであろう。

私たちは今、驚異的な絶滅期に生きている。

グローバル マレイズ トラッププログラム(Global Malaise Trap Program)の一環で、2017年8月4日にパキスタンのクエッタにてNazir Ahmedが採取した新種のハチ(Chrysis: Chrysididae)。 生物多様性ゲノミクスセンターにて分析、撮影。
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海鳥とメキシコ島嶼~全てはつながっている~ /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/6189/ Mon, 05 Oct 2020 11:55:48 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6189
Alfonso 2 (1)

アルフォンソ・アギーレ=ムーニョス

「島嶼生態系保全グループ」名誉ディレクター・委員長
2016年 The MIDORI Prize for Biodiversity 受賞者

野生生物は、それぞれの環境に適応していく。動植物コミュニティとその周辺環境における、複雑で絶えず変化していく相互関係は、何百万年に渡り構築され、その重要な機能を果たしている。このような自然への理解は、世界各地の伝統文化に根付いている。偉大な博物学者であるアレクサンダー・フォン・フンボルトは、この体系的で複雑な思想を形式化し、現代の生態学の中心となる基礎を作った。フンボルトの豊かな展望と独創的な研究は、進化を探求するダーウィンを刺激し、「島々」が観察と発見の対象の中心となった。
海鳥は、海、空、島を結び付け世界をつなぎ、これらの複雑な生態学的相互作用がどのように世界を構成しているかを示す。海鳥、海、島は全てつながっている。

海鳥観察には神秘的な自由、芸術的な喜び、美学的な楽しみが伴い、海鳥への畏敬の念を覚えさせ、また、想像以上のことを教えてくれる。当然のことながら、バードウォッチングには古い歴史があり、古代エジプト、ギリシャ、ローマでは、予言のために鳥を観察した。「鳥を観察するもの(AugursまたはAuspices)」と呼ばれる専門家(鳥占官)は鳥の行動を解釈し、未来を予測した。

今日では、古代行われていた鳥の観察による卜占(ぼくせん)は科学の叡智となり、世界と人類の未来について情報提供する。このように、海鳥の多様性、個体群の動態、変遷の研究は、国境を越えて人類全体に影響を与える重要な問題について提起する。

メキシコ 太平洋 エスピリトゥ サント島
レイサン アルバトロス

例えば、地球温暖化、海面上昇、サンゴ島の完全喪失、津波に対する沿岸地域の脆弱性、化学物質による海洋汚染、海洋のプラスチック汚染、乱獲、島の生息地破壊などだ。健全な海と島にとって、海鳥は「炭鉱のカナリア」または「ブドウ園のバラ」のような役割を果たし、環境の状態について明確に伝えてくれる。

メキシコ島嶼の中でも、特に太平洋の島々は世界的に重要な海鳥の生息地であり、世界の種の総数(359)の3分の1にあたる108種が生息し、ニュージーランドに次ぎ世界第2位の海鳥の固有種数が確認されている。何百万年に渡り、海鳥は摂食、繁殖、休息、営巣をこれらの島々で行い繁栄してきた。
しかし、近代化と人間の存在は海鳥の犠牲を生み、捕食と生息地破壊は進んだ。その最大の要因は、故意または偶然に船員が島に持ち込んだ外来種の侵入であった。

例えば船のネズミ、ネコ、ヤギ、ヒツジなどだ。わずか数年でその侵入者は、固有種の完全な根絶、あるいは局地的な絶滅をもたらす。この問題は、例外なく世界中の島々で起きている。
過去20年間に渡り、メキシコの非営利団体「島嶼生態系保全グループ( Grupo de Ecologíay Conservaciónde Islas、AC)」は、島々の自然再生と、メキシコ海鳥の生息数を回復させるべく、政府と地域社会と連携し、包括的かつ長期的な保全を実施してきた。当初のミッションは、海鳥を襲う主な動物を取り除き、生息域の環境を変えることだった。これまでに39の島から61匹の外来哺乳類を駆逐し、250の海鳥の繁殖コロニーの生息数に改善が見られた。

メキシコ 太平洋 サン・ベニート・オステ島 人工巣のウミスズメ(Murrelet juvenile)
グアダルーペ島 科学者による保護活動

多くの場合、海鳥は一度絶滅しても、安全で清潔になった島には、何も施さずにも海鳥は戻ってくる。稀にだが、戻ってこない場合は、我々はコロニーを惹きつけるテクニックを使い、人工的に帰還を促す。例えば、デコイ(人工的なおとりのコロニー)を設置、鳥の鳴き声の放送、人工巣を配置し、親鳥の負担軽減、最初の繁殖を促すなどの取り組みだ。こうして、絶滅した27種の海鳥の個体数は以前の85%まで回復した。今後永続的な結果を出すため、植生群落と土壌の再生も行った。その他、外来種の侵入を防ぐため、バイオセキュリティプロトコルを作成した。

海鳥の繁殖数の回復には、人間の社会的側面からの取り組みもあった。我々は地元の漁師コミュニティに対して、環境学習の機会を提供した。また、現在メキシコのすべての島々は連邦の政令により保護されており、保全活動の成果が見られる。保全には、学術・政府機関との連携が不可欠だ。

グアダルーペ島 漁師コミュニティの子どもたち

「島嶼生態系保全グループ」は、バハ・カリフォルニア半島付近の太平洋、グアダルーペ島、カリフォルニア湾、レビジャヒヘド諸島、カリブ海、メキシコ湾など、多様性豊かな海洋域の島々で、海鳥の個体数の調査と監視を続けている。

最後に、海鳥が体現する地球規模のつながりに立ち返り、希望に満ちたエピローグで締めくくりたい。それは、太平洋を越えた「島々の姉妹関係」の概念を浮き彫りにするストーリーだ。メキシコのグアダルーペ島近くの小島、エル・サパトで2018年に生まれた若いコアホウドリが数カ月前日本の茨城県の海岸に現れた。このことが、山階鳥類研究所(千葉県我孫子市)の科学者によって確認された。それは、個体識別のため付けられたオレンジ色のリングにより明らかになった。このようなことが確認されたのは初めてだ。出生地から9,000km以上も離れた日本へのコアホウドリの壮大な飛行は、コロナ禍の私たちに希望を与えてくれた。特に日本とメキシコには、団結する機会を与え、今後の協業や責任を共有する力となるであろう。

写真提供:GECI / J.A. Soriano

グアダルーペ島 コアホウドリのコロニー
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アムールヒョウを救う /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/6128/ Wed, 30 Sep 2020 13:02:12 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6128

ユーリー・ダーマン

世界自然保護基金(WWF)ロシア シニアアドバイザー
2016年 The MIDORI Prize for Biodiversity 受賞者

頂点捕食者の保護は、生物多様性保全において最も困難な課題の一つだ。頂点捕食動物は、十分な獲物を確保する広い生息域と、人間に干渉されず繁殖できる安全な場所を必要とするからだ。人間は、家畜への被害を恐れて、頂点捕食者を攻撃する。

写真:Vasily Solkin/ アムールヒョウ

アムールヒョウ(Panthera pardus orientalis)は、地球上で最も希少な大型ネコ科の一種である。2000年には絶滅の危機に瀕し、生息域は40分の1に縮小、ロシア、北朝鮮、中国の国境付近で30頭まで減少した。2001年ウラジオストクで開催された国際会議で、科学者は遺伝子プールを保存し、将来自然に返せるよう飼育下で繁殖させるため、ヒョウの捕獲を提案した。私はWWFロシア・アムール支部長として、野生最後の個体群の保全のため、あらゆる手を尽くすと主張した。WWFは包括的プログラム「全ての生存個体を救う」を開始し、非政府組織、研究機関、地域住民、政府担当者が一丸となって活動してきた。

まずは密猟を阻止するため、特別な密猟防止部隊を編成した。それ以上に重要であったのは、地元の狩猟クラブとの協力であった。それはヒョウの捕獲は誇るものではなく、犯罪であり不名誉であることをハンターに理解してもらうためだ。大規模コミュニケーションプログラムは、ヒョウの生息地域の18の学校を含み行われ、子供たちを通して、彼らの両親へと広がった。毎年のヒョウフェスティバル、創作活動のコンテスト、各村のヒョウの保護活動が「ヒョウの国」というスローガンの下実施され、人々の行動をゆっくりと変えていった。

しかし、連邦レベルで、統一の大規模特別保護地域を創設し、十分な法的権限、組織力、経済的安定を備えて初めて、ヒョウの個体数回復の長期的持続が可能になると私は信じていた。このような国立公園は緻密に計画されたが、省庁間の対立、地元企業の抵抗、陸軍や国境警備隊の妨害など、多くの問題があった。しかし、ロシア大統領府のトップであるセルゲイ・イワノフ氏が、すべての矛盾、問題を克服することを可能にした。こうして、私の長年の夢であった「ヒョウの国」国立公園は、2012年2,620平方キロメートルの土地に設立された。連邦政府の管理下におかれ、緩衝地帯と自然保護区「ケドロバヤ・パッド」と合わせると、この保護区はロシア極東のヒョウの生息地の70%をカバーしている。

現在、アムールヒョウは絶滅の危機を脱したと言える。2001年以来その数は3倍になり、年間20頭以上の子どものヒョウが登録され、その生息域は中国と北朝鮮近くまで広がっている。また、ヒョウの保護は生態系全体の回復にもつながった。同時期に減っていた白頭山トラの個体数は12~14頭だったのが、35~40頭に増加、ヒグマが森林に戻り、野生有蹄動物数は最大に達した。大型の肉食動物や地元のハンターが必要とする数には、十分であろう。国立公園では、ジャコウジカとゴラルが再び観測されるに至った。ロシアにとっては新種となる韓国の水鹿も、繁殖している。約400種の鳥類、2,000種以上の維管束植物など、その他多くの動植物が、ヒョウ保護プログラムの下繁栄している。

写真:Alexey Titov /「ヒョウの国」でモニタリングを行う ダーマン氏
ロシアにおけるアムールヒョウの個体数の推移

保護区のフレキシブルな形態として、国立公園は、急速に発展しているエコツーリズム活動の価値に加えて、地域住民の伝統的な自然の活用の継続を可能にしている。アムールヒョウとアムールトラの個体数の増加は、中国東北部のこれらの希少なネコ科の繁殖をサポートし、ロシアとの国境沿いに巨大な国立公園を設立するに至った。

私の次の夢と仕事は、中露国境を越えた自然保護区「The Land of Big Cats」を設立し、今後、本物の世界遺産に発展させることだ。

中露国境を越えた自然保護区「The Land of Big Cats」
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平和への道 「HIMA」(アラビア語で「保護地域」の意) /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/5783/ Tue, 24 Mar 2020 10:01:28 +0000 /ef/midoripress2020/?p=5783

アサド・セルハル

レバノン自然保護協会(SPNL) 事務局長
2018年 The MIDORI Prize for Biodiversity 受賞者

~行動は、“鳥”よりも雄弁なり~

*Actions speak louder than birds(words)の訳.

人々の環境問題への意識を高め、また、レバノンの保護地域(HIMA)を守ることを目的に、レバノン自然保護協会(SPNL)は、1984年に国の環境NGOとして設立された。当時のレバノンは政治が不安定で、協会は紛争解決のため、国や国民を団結させることにも寄与してきた。

天然資源の持続可能な利用を達成するため、土地、生物、生息地の保全、および伝統的かつ文化的なコミュニティを基礎としたアプローチを生み出すことが、「HIMA」の目的である。

また、持続可能というコンセプトを、地域社会で促進し、周知させることも重要な役割だ。SPNLは、狩猟、漁業、放牧、水資源の持続可能な利用の達成を試みており、さらに、地域コミュニティの強化、生活の向上、天然資源の持続可能な利用の促進に力を注いでいる。

写真:Asaad Saleh


「HIMA」で扱うハーブの数々

1996年に設立されたショウフシダー保護区は、レバノンで最大の自然保護区であり、国土の約5%を占めている。レバノン山の南半分で、約1000〜1980メートルの高度に位置しており、2019年にリタニ川当局の覚書が交わされ、ベッカー丘陵のアミク湿地とカラオン人工湖を含む保護地域となった。

MABA財団、スイス大使館、スイス開発協力庁、レバノン自然保護協会およびアルショウフシダー協会(ACS)が協力し、ショウフ山と西ベッカーのコミュニティを統合し、「HIMA」の領域を拡張した。 ショウフ生物圏保護区と西ベッカーHIMAが1つになり、双方の資源と20を超えるコミュニティを共有することになった。それはレバノン国土の6%以上で、5か所のKBAs(生物多様性の保全の鍵になる重要な地域)と、重要野鳥生息地(IBAs) が含まれる。

このショウフプロジェクトは、生態学的および社会経済的レジリエンスの構築に注力している。それは、環境文化的景観における、生態系の退化と生物多様性の喪失を拡大させている、人為的および気候変動の影響に対するレジリエンスと言える。科学的知識を向上させ、ショウフの環境文化的景観に関連する生物多様性指標に関するデータを収集することにより、自然と種の復元を支援している。

さらには、このプロジェクトは、生物多様性の保全と社会経済開発のためのグリーン成長、経済の多様化、基盤づくりに取り組んでいる。それは、ショウフの土地のアイデンティティとグリーン成長に基づいている。例えば、森林農業製品(薬用・アロマ・食用植物、蜂蜜)の生産や女性・若者のエンパワーメントにフォーカスしたサービス(エコツーリズム)などによるものだ。クリティカル・エコシステム・パートナーシップ基金(CEPF)からの全面的な支援を受けてこのプロジェクトは推進されている。

新しい世代の若ものたちが、プロジェクトの中心となり、保護区の将来と土地の保全を担っているため、ショウフの環境文化的景観の価値について、彼らに教育することが不可欠だ。環境意識が高く、土地に誇りを持つ世代を育てることが、自然の復元には重要である。

レバノン自然保護協会は、地域社会が保全に関わることの重要性を認識している。伝統的な「HIMA」のアプローチの復活には、自治体や地元の人々と連携が欠かせない。そのため、SPNLでは、地元の保全グループ(LCG)とホーマットアルHIMA(HIMAヤング ネイチャー ガーディアンズ)の設立を推進した。自然、種、資源を保護し、維持するために、彼らのエンパワーメントを推進・支援してきている。

責任ある狩猟を促進することは、レバノン自然保護協会の主な目標の1つであり、違法な狩猟の危険性の認識は、レバノン全体で周知されなければならない。現地ガイドと警備員、レバノン自然保護協会と狩猟中東センター(MECRH)により、教育された新世代の若い人々によって進められている。バードライフインターナショナル、MAVA、EU-Life、およびバードフェアなど各団体の協力も得ている。レバノンの国土は狭いが、少なくとも401種の野鳥が観測されている。鳥の種が多いことは、国の資源を増やすことになるが、一方で、保全に対する私たちの集団的責任が増すことを示す。ショウフシダー自然保護区では、世界的に絶滅の危機に瀕している鳥を含む160種以上の鳥が観測されている杉林が、良い状態で現存している。中には、カラフトワシ、カタジロワシ、ウズラクイナ、シリアセリンなどが含まれる。西ベッカーHIMAでは、春と秋に、コウノトリ、シロペリカン、ヒメコウモリなど31種の猛禽類を含む2万羽が沼地を渡る。

それぞれの「HIMA」には、熱心な若いグループが違法な狩猟を終わらせる活動をしており、地域の生態系を保全することを目的としている。

写真:Fouad Itani

「Moune」の知識は、何千年もの間、生き残るため手段であった。 「Moune」とは伝統的な食料品のことで、保存に優れてるという特徴がある。雪の多い地域や山での人間の生存に非常に重要だ。これらの伝統的な食文化を保護し、世代から世代へとその専門知識を引き継ぐことに我々は努めている。その活動の中心は女性である。彼女らに重要な役割を与えることにより、通常は仕事のない農村部に住んでいても、経済力を持つことを人々に可能とし、そこに利益、敬意が生まれる。さらには、代々母が子孫のために作ってきた、オーガニック製品「Moune」の典型的な生産方法の信頼を高めることにつながっている。

西ベッカーカントリークラブ、ホマットアルHIMAインターナショナルカンパニーとレバノン自然保護協会は、パートナーとなり、新しく公園を設立した。「バタフライ・ガーデン&HIMAインターナショナル・パーク」だ。オーガニック農法、ハーブ製品の開発をリードするコニュニティとして活動している。オーガニック製品はレバノンの土地と伝統の、常に中心にあるが、今、再活性化させ、強化する必要がある。我々が設立したギフトショップは、その専門知識を保護し、コミュニティを支援する。これはレバノンの文化を表すメッセージとも言える。ギフトショップには、地元の有機ワイン、オリーブオイル、花、バラ水、蜂蜜、松の実、「HIMA」関連書籍、ポスター、鳥の巣と餌箱などの、商品が揃う。これらは、レバノンの伝統を守り、また、それを失わずに進むための取り組みの1つだ。HIMAを完成させることは、環境、社会、経済の3つの輪の利益をそのコミュニティに生み出すことになる。

私たちの最終な目標は、人間と野生生物の平和のための「HIMA」を実現することだ。

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ヒマラヤ: 危機に瀕する楽園 /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/5321/ Fri, 25 Dec 2015 06:56:56 +0000 /ef/midoripress2020/?p=5321

カマル・バワ

アショーカ生態学環境研究トラスト(ATREE、インド)代表
マサチューセッツ大学 ボストン校 特別教授
2014年 The MIDORI Prize for Biodiversity 受賞者

荘厳なヒマラヤは今、増え続ける人口による経済的需要、インフラ開発、地域紛争、土壌劣化、気候変動の攻撃を受けており、それは人類に深刻な影響をもたらしている。

日本の人々は、常にヒマラヤに魅了されてきた。神々の棲家、雪の大地、そして地上最後のシャングリラ。日本の山々とヒマラヤには多くの植物が共通して見られ、どちらの地域にも仏教が浸透している。したがって、日本の研究者たちがヒマラヤについて多くを書いていることは驚きではない。

このように、ヒマラヤとその生息環境の豊かさ、文化、言語、民族への関心が共有されていることは、世界で最も重要な山脈で進行している地球環境変動の課題に取り組もうとする、日本とヒマラヤ周辺国の人々の協業にとってきわめて重要といえる。

生物多様性

ヒマラヤ地域(Greater Himalaya)ほど豊かな生物多様性が見られる場所は、おそらく世界中のどこにもない。ヒマラヤ山脈のインド側だけでも、世界34ヵ所の生物多様性ホットスポット(世界の他のどこよりも種の数が飛び抜けて多い地域)のひとつを構成している。チベット高原から中国南東部まで広がるヒマラヤ地域およびインドに見られるすべての種のうち、3分の2が山岳部に生息し、地球全体の生物多様性のおそらく10%がここに存在する。ヒマラヤ全体に生息する動植物の種類が並外れて豊富だとすると、ヒマラヤ東部ではそれがひときわ目覚ましい。シッキム州はわずか7,096平方キロメートルの小さな州だが、標高280メートルから8,585メートルまでに及ぶ高低差があることから、低地半常緑林から高山草原帯まで、ヒマラヤ全体で遭遇しうるほぼ全種類の生態系の実例を州内で見ることができる。面積はインド全体のわずか0.0025パーセントにも満たないが、国内の動植物種の20パーセントが存在している。

インドの中国国境付近、高度5,500mにあるグルドンマ湖
(サンデーシュ・カドゥール撮影)

ロードデンドロン・キンナバリウム(Rhododendron cinnabarinum)の花に受粉するアカオタイヨウチョウ
(カマル・バワ撮影)

ヒマラヤ東部における生態系の豊かさは、とても言葉で言い表すことはできない。世界の哺乳類種の9パーセントがひしめいており、ロイヤルベンガルトラ、一角サイ、アジアゾウ、レッサーパンダ、ユキヒョウ、そして大型のネコ科動物としては最小のウンピョウなど、特徴的な種が含まれている。また、無限と思われるほど多彩で美しい鳥類には、ベンガルショウノガンベニキジ、亡くなったダライラマの生まれ変わりとして崇拝されるオグロヅル、ヘキサン、アカオタイヨウチョウ、そして巨大なくちばしを持つ10種のサイチョウが含まれる。

これと同じことは、爬虫類、水生生物、両生類の種についても言える。また、地域の何千という植物種には、息を飲むほど多種にわたるエキゾチックなラン、シャクナゲ、サクラソウ、 カンアオイがある。コブラリリー、ブルーポピー、優美なホワイトバットフラワーなど、有名な花も多数ある。さらに、山岳部は薬草の種類も非常に豊富である。たとえば、見た目が不気味なセイタカダイオウは、開花すると高さ2メートル近くになり、歩哨番の幽霊のように山腹にそそり立つが、その希少な薬効成分により珍重されている。

おそらく(文字通り)最も希少なものは、伝説的な冬虫夏草だろう。このキノコと蛾の幼虫の複合体は、古来より中国でがんなどの様々な病気の治療に用いられてきた。しかし、媚薬としての評判と中国人をはじめとするアジア人社会の購買力の急増により、世界で最も珍重されるキノコとして新たな地位に押し上げられ、価格は同じ重さの金の2倍になった。その争奪戦は対抗する山村間の暴力にまで発展した。人々は豊かな収穫を求めて争うが、多くの場合は無残な結果となっている。これは、今までのところの話にすぎない。ヒマラヤ東部では、いまも常に新たな種が発見されている。世界自然保護基金による最近の報告書によれば、1998年から2008年までの間にこの地域で353の新種が発見された。その中には、ネパールで初めて発見されたサソリを含む61種の無脊椎動物、16種の爬虫類、14種のカエル、14種の魚類、2種の鳥類、そして2種の哺乳類などがある。遠隔地の生態系の多くは、まだ十分に調査されていない。アルナーチャル・プラデーシュ州は、地上で最も豊かな生態系のひとつと見なされているが、調査はほとんどなされていない。ミャンマーとの国境付近にも同様の地域が存在する。アルナーチャルマカクは、ほんの数年前に確認されたばかりであり、世界最小のシカであるホエジカ(Muntiacus putaoensis)は、1999年に初めてミャンマー北部で記録された。

祈りの旗がはためく中、プリムラ・カピタータ(Primula capitata)が咲き誇るインド、シッキム州ユムタン谷の高地牧草地
(カマル・バワ撮影)

脅威

ヒマラヤは、「第三の極」であるだけでなく、アジアの給水塔でもある。山脈は、アジア最大級の8つの河川の水源となっており、これらの川の流域に住む13億を超える人々(世界人口の5分の1)が、その水に頼って生活している。ここでは、食物、繊維、飼料、薪、薬草、授粉、気候および水の調節、炭素隔離といった生態系サービスが提供されている。また、生物多様性は、かけがえのない宗教的、精神的、美的価値を持っている。ヒマラヤの農業は、周辺の生物多様性と絡み合い、それに依存している。しかし、その豊かさの全容がまだ明らかになっていないというのに、この素晴らしい自然の生命維持システムは深刻な脅威にさらされている。

ヒマラヤの驚異的な生物多様性は、人口増加による経済的需要と気候変動の影響により失われつつある。また、森林伐採や農地への転用など、土地利用が他の用途に転換されることで、生態系が失われつつある。商取引のために種が採取され、生息地が分断化され、汚染、外来侵入種、病気により生態学的プロセスが混乱することによって、生物多様性は徐々に劣化している。
すべては、人間が引き起こしたものだ。

かくして、一角サイは、薬効があるとして乱獲され、生息地域の大部分で絶滅の危機に瀕している。ベンガルトラは、毛皮目的で狩られ、脅かされている。イエネコのサイズだがジャイアントパンダの遠い親戚であるレッサーパンダは、森林の生息地が縮小し、いまや生きた化石と見なされており、危急種に指定されている。新たに確認されたアルナーチャルマカクは、すでに絶滅危惧種に指定されており、1955年にようやく発見された世界で最も希少なコロブス亜科のサルの一種、ゴールデンラングールも同様である。

人口の急増と消費の増大は、自然生態系に過剰な負荷をかけるおそれがある。需要拡大に応える経済成長は、エネルギー需要を増大させる。中国とインドは、膨大な水源であるヒマラヤの両側に、現在の4倍の数となる約400基のダムを建設する構想を立てている。こうしたダム建設が、生物多様性を奪い、人々を退去させ、希少な川の生物をむしばみ、地震多発地帯では地震に関連するリスクをもたらす。さらに、無秩序な旅行産業、時代遅れの政策、天然資源の中央集権的統治による副作用がある。

気候変動

ヒマラヤでは、氷河が融解し、後退が進行しつつある。気候変動は、おそらく北極と南極を除けば、どこよりも急速にヒマラヤに影響を及ぼしているといえるだろう。

過去30年間に、ヒマラヤの平均気温は1.5°C上昇したと見られる。これは、気候変動に関する政府間パネルの予測をはるかに上回るものだ。降雨パターンも変化した。非モンスーン期の雨が減り、モンスーン期に度を超えた豪雨が突発的に降るようになっている。

ヒマラヤの小氷河は、多くが姿を消した。より大規模な氷河は、毎年10~60メートルという憂慮するべきペースで後退している。氷河融解水はしばしば、湖の氷河や氷堆石に囲まれた終端部まで流れ込み、最終的には流入に耐え切れずに決壊する。氷河湖決壊洪水(GLOF)は、過去25年間にネパールで20回以上、ブータンで5回起きている。1985年にネパールで起きたディグ・ツォ氷河湖決壊洪水では、ナムチェ水力発電所が流失した。1994年にブータンで起きたルゲ・ツォ洪水では、数十名が死亡し、86 km下流の町が大規模な被害を受けた。

また気候変動は、野生種に影響を及ぼしている。多くの植物の開花時期が早まり、生息域を変えて高度の高い場所に移動したものもある。山頂付近を生息域とする高山種は、どこにも行くところがないため、絶滅の危機に瀕している。モンスーン期以外の乾燥の進行は、農業生産高の低下をもたらすおそれがある。

収穫のパターンも変化している。一部の変化としては、生育期が長くなる、高地でも新しい作物を試すことができるなど、有益な効果をもたらしているように見える。しかし、生産者は、これまで知られていなかった雑草や病害虫にも直面している。蚊の高地への移動も、もうひとつの不吉な前兆である。人間にとっても、農作物や家畜などの他の種にとっても、病原媒介者が広がるおそれがある。このような広範囲にわたる気候変動にもかかわらず、生物多様性、水文学、人々の健康と暮らしへの影響は、いずれも十分に記録されないままである。政府や他の機関は、避けることのできない課題に取り組むための十分な準備ができていない。

環境変動は、人類に一連の課題を提示している。それに対して知的にも心理的にも立ち向かう準備が本当にできている者は、もしいたとしても、私たちのうちごくわずかである。この問題を緩和するためには、複雑性を備えたスケールの大きな先見の明とコミットメントが必要である。政府と市民社会がヒマラヤに広がる変動に取り組むためには、大量の財務的、技術的、人的資源を備える必要があるだろう。

 

テキストと写真は、博士とサンデーシュ・カドゥールによる著書 “Himalaya – Mountains of Life” (www.Himalayabook.com)から抜粋したもの。

カマル・バワ氏 プロフィール

カマル・バワ博士は、インド、バンガロールに所在する世界的なシンク・アンド・ドゥー・タンク、「アショーカ生態学環境研究トラスト(ATREE)」の代表であり、マサチューセッツ大学ボストン校で生物学の特別教授を務める人物である。バワ博士は、経済と生物多様性保全の両立に正面から取り組むことで、世界中の保全モデルとして役立つ重要なwin-winソリューションを生み出し、インド、コスタリカ、米国等、南北格差を超え、世界に貢献してきた。非木材林産物採取の持続可能性に関する彼の先駆的な仕事は、保全と人間の幸福な生活が同時に実現できることを実証している。

バワ博士の知的貢献は目覚ましく、生物多様性科学における保全研究は画期的なものである。博士は熱帯雨林の生態や進化について、それまで浸透していた概念を変える、樹木再生についての新しい手法を発見。熱帯樹木について新種の遺伝子マーカーを開発し、熱帯地方に広がる森林崩壊(森林の断片化)が生物多様性を枯渇させることを示した。また、保全のための新たなパラダイムやツールの開発、生物多様性ホットスポットにおける保全の優先順位特定によって、保全と貧困削減などの社会的目標の相乗効果を模索した。メンターとしては、2000人の学生と、30人の博士課程やポスドクの研究者を指導してきた。

バワ博士が1996年に設立したATREEは、そのユニークな学際的アプローチによって、政策提言にも携わっており、西ガーツ山脈のユネスコ世界遺産登録を主導した他、国立公園での採鉱の禁止、森林法の施行等を実施してきた。ATREEでは、80人の主要研究スタッフのうち27人が博士号を有しているほか、生物多様性分野の学際的な博士課程プログラムが運営されており、21世紀のインドの保全施策に必要となる人材開発が行われている。 ATREEはインドや開発途上国だけでなく世界にとっての研究、教育、政策機関のモデルを構築しており、ペンシルベニア大学のグループによって、アジアで第1位、世界で第19位の環境シンクタンクであるとの評価を受けている( 2011年および2012年)。

またバワ博士は、熱帯生物学協会の会長、国際的・学際的なジャーナル「保全と社会(Conservation and Society)」の創刊者・編集長、ナショナルジオグラフィック協会の研究調査委員会のメンバーを務め、保全科学、活動、政策にも影響を与えている。また、インドの生物多様性ポータルサイトを立ち上げ、同国の生物多様性の普及啓発にも寄与している。

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生物多様性と気候変動 /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/5359/ Mon, 30 Nov 2015 08:04:09 +0000 /ef/midoripress2020/?p=5359

アルフレッド・A・オテング=イエボア

ガーナ生物多様性委員会 議長
ガーナ大学基礎応用科学部植物学科 教授
2014年 The MIDORI Prize for Biodiversity 受賞者

要旨

生物多様性と気候変動との相互関係が研究されている。この研究において、生物多様性はUNCCD(砂漠化対処条約)、UNCBD(生物多様性条約)、UNFCCC(気候変動枠組条約)からなるリオ3条約の中心にあり、生物多様性の保全と持続可能な利用によって、砂漠化と気候変動の解決策が見出されることが明確になりつつある。

はじめに

この論説では、いくつかの問いかけとそれに対する回答を示している。これらの回答が、生物多様性と気候変動との相互関係に関する基本的な問いについての理解を深めるうえで役立つものとなれば幸いである。

生物多様性および気象学の研究者の間での共通認識とは何か?

生物多様性については、ただならぬペースで生物多様性が失われつつあるというのが共通認識である。そのため、種の総数や生態系内および生態系にまたがる種の集団について、世界規模または地域規模の明確な状況を完全に把握することが不可能になっている。また、これらの種の生息地の特徴や果たしている役割を評価することも不可能になっている。

気候変動については、それが紛れもない現実であり、世界の国々は、これまで慣れていた気候パターンの漸進的または急激な変化に直面しているというのが共通認識である。気温の極端な上昇が豪雨、干ばつ、その他の異常な環境変動をもたらし、そのために持続可能な開発と人間の福祉に影響を及ぼしているという事例が現れている。2015年が観測史上最も暑い年になるだろうという最新の観測や、太平洋の水温が上昇し続けているという事実に、人々は襟を正すべきである。

アポロ17号から撮影した地球(1972年)

彼らのこうした共通認識は何に基づいているのか?

科学が政策に影響を及ぼす以上、生物多様性や気象の研究者等、科学者は社会に対し、生物多様性の喪失による社会的、経済的、環境的帰結と気候変動の影響について、人間の福祉にとって有害な問題として情報を伝え、啓発する義務がある。そうすることにより、科学者はよりよい暮らしに貢献できる。また政策立案者や意思決定者に対し十分な認識を持つよう促すことも科学者の義務である。生物多様性は何によって失われるのかを理解することが、生物多様性と生態系に対する気候変動の影響を削減する、あるいは問題の根源を完全に取り除く計画、プログラム、プロジェクトを盛り込んだ政策への取り組みや策定につながるのである。

持続可能な開発モデル

こうした現象に対し、一般の人々と政府はどのように反応しているか?

こうした現象に対する一般の人々の反応は早いが、政府の反応は遅い。一般の人々は、生物多様性や生態系サービスの利用から派生する利益に生活を依存しているため、急速に影響を受ける。気候変動はすべてを一変し、人々の希望が失われた。一般の人々という言葉には、環境から直に得られたものだけに生活を頼り、自分の周囲にある遺伝資源に食料、燃料、健康、資金源を依存して生きている人々も含まれる。そのような人々の多くは、気候変動の影響による干ばつ、病虫害の出現、十分な労働力の欠如がもたらす収穫不良のため、家計のやりくりができなくなり、生活が悲惨なものとなっている。

地震、津波、火災、洪水などの天災でもない限り、政府の対応は遅い。それには、行政サービス間の調整の欠如、監視や評価を行う有能な監視チームの不在といった、いくつかの理由がある。政府が対策を講じた時には、すでに多大な損害が生じていることもある。政府は大抵、この段階になってようやく目を覚まし、国際的な取り組みを呼びかける。それによって政府間協力のプロセスが開始されるのである。

生物多様性および気候変動の問題に対する政府の取り組みの歴史

1987年から現在まで、各国政府は、貧困、飢餓、小児死亡率、母体健康、環境悪化など、生物多様性の問題に起因する世界の開発課題への解決策を見出すため、次々に取り組みを行ってきた。「Our Common Future」は1989年の成果であり、持続可能な開発の原則「アジェンダ21」の策定にもつながった。1992年6月の「環境と開発に関する国連会議」は、通常「リオ3条約」と呼ばれるUNCCD、UNCBD、UNFCCCを締結して終わった。 これらは、それぞれ砂漠化、生物多様性、気候変動の分野においてアジェンダ21の環境に関する側面を促進するものである。いずれの条約も締約国およびCOP(締約国会議)を備えていたが、すでにIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が設置されており、地球温暖化の原因として特定されている二酸化炭素およびその他の温室効果ガス(GHG)の排出に関するタイムリーな科学的助言を提供していた。ようやく気候変動効果の理由が理解され、各国政府には、これらのガスの排出量を削減するよう勧告がなされた。二酸化炭素およびその他のGHGの排出量をいかに削減するかが各国政府の懸案となり、様々な交渉が行われた。締約国のうち、国内産業によってより多くの温室効果ガスを排出している最先進国が、排出量削減のターゲットとなった(京都議定書)。京都議定書は、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に基づく国際条約であり、国際的に拘束力のある排出量削減目標を設定することにより締約国に約束を遵守させるものである。大気中への温室効果ガス(GHG)排出量が現在のような高い水準にあるのは、先進国の責任が大きい。このことが150年以上にわたる産業活動の結果であるという認識により、京都議定書では「共通だが差異のある責任」の原則に基づいて、先進国に対しより重い負担を課している。京都議定書は、1997年12月11日に京都において採択され、2005年2月16日に発効した。議定書の実施細則は、2001年にモロッコのマラケシュで開かれたCOP7で採択されており、「マラケシュ合意」と呼ばれている。京都議定書第一約束期間は2008年に始まり、2012年に終了した。2012年の「ドーハ合意」では、京都議定書附属書I国に対し更なる約束が定められ、これらの国は2013年1月1日から2020年12月31日までの第二約束期間における約束の遵守に同意した。また、第二約束期間に締約国が報告するべき温室効果ガス(GHG)のリストが改訂されたほか、京都議定書のうち第一約束期間について具体的な課題を記しており、第二約束期間に向けて改訂する必要があるいくつかの条項が修正された。

締約国のうち途上国においては、炭素を貯留する森林が伐採され、そのために自然の炭素吸着源が減少している。時には他の土地利用のために森林伐採が無差別に行われていることから、森林減少および劣化を防ぐことが求められた(REDD「森林減少・劣化からの温室効果ガス排出削減」)。また、途上国における森林減少および森林劣化による排出を削減するための適切な計画およびプログラム(REDD+)が策定された。

原生林の植生(ガーナ、アテワ自然保護区)
ニック・ホジェッツ氏提供(2014年)

各国政府の努力によって、気候変動と生物多様性喪失の問題は相互に強く関連付けられている。国連は、政府間会合である「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(WSSD)を開催した。ここで採択された実施計画は、「リオ+10」を記念して「ミレニアム開発目標」(MDGs)を導入し、気候変動および生物多様性喪失の脅威に取り組むグローバルアジェンダを設定している。2012年にリオデジャネイロで開催された直近の国際会議、通称「リオ+20」は、「アジェンダ21」の理念を再確認し、それを成果文書「the Future we want」にまとめた。これは、間近に迫る2015年以降の新たな開発アジェンダを考えるものとしてMDGsの評価に特に着目しており、気候変動による影響および生物多様性喪失に対する解決策を示したものと言える。その後、期限となる2015年9月末を目前に新たな17の目標からなるグローバルアジェンダが国連総会(UNGA)で採択され、2016年1月から施行されることとなった。これが「持続可能な開発目標」(SDGs)である。これは、人間の福祉に重点を置き、人間行動(社会)、生存のための人間活動(経済)、環境と人間の相互作用(これには、生態系サービスの再生・蘇生・回復を促す生物物理学的要素、特に生物多様性が含まれる)のバランスを確保する必要があることを訴えるものである。

「SDGs(持続可能な開発目標)」が掲げる17の解決課題
(引用元: The Global Goals

生物多様性の観点から見ると、「生物多様性戦略計画2011-2020及び愛知目標」の合意という点で多大な努力がなされてきた(CBD, 2014)。愛知目標は20項目からなり、2050年までに生物多様性の喪失を止めるというグローバルビジョンに向けて、いずれの項目も2020年までの達成を目指している。現時点における生物多様性喪失の規模に対する評価はなされていない。民間団体の支援を受けて各国政府が取り組みを行い、2012年にIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)が誕生したことは、注目に値する。IPBESは、評価、入手可能な情報の活用、生物多様性に関連する合意の支援を行うための生物多様性プラットフォームである。IPBESの4つの主要機能は、政策立案者が必要とする科学情報へのアクセスを促進し、必要な場合には新たな知識の創出を推進および促進すること; 必要に応じて世界規模、地域規模、小地域規模、および主題ごとのアセスメントを提供すると同時に、国レベルのアセスメントも推進および促進すること; アセスメントの結果がより効果的に活用されるよう、政策支援ツールおよび手法の開発および利用を促進すること; 科学政策のインターフェイスを適切な水準まで向上させるための能力構築ニーズを特定し、優先順位をつけ、その活動に直接関係する最も優先順位の高いニーズに取り組むために必要な資源へのアクセスを提供し、要請し、促進することである(UNEP/IPBES MI/2/9)。

生物多様性と気候変動:これら2つの現象の何がそれほど重要なのか?

生物多様性は、個体が個体群を形成し、生息地に住み、生態系の部分を構成し、分類上、植物、動物、その他の生物の属および科にまとめられる「種」という形で見られるものである。個体の基本要素は、遺伝子構成であり、これこそが、食料や農業に利用される遺伝資源を構成している。これらは、食料安全保障、栄養、生計、そして環境による恩恵の提供においてきわめて重要な役割を果たしており、生産システムにおける持続可能性、回復力、適応力の重要な要素である。また、作物、家畜、水棲生物、森の木々が様々な厳しい条件に耐える能力を支えている。遺伝的多様性のおかげで、植物、動物、および微生物は、環境が変化しても適応し、生き残ることができる(FAO, 2015)。気候変動は、こうした食料および農業のための世界の遺伝資源管理に新たな課題をもたらすものであると同時に、遺伝資源の重要性を強調するものでもある。

生物多様性と気候変動:これら2つの現象をどのように理解するべきか?

生物多様性、気候変動、砂漠化および/または水質劣化の間には、相互に作用する結び付きがある。これらは、生産システムにおける持続可能性、回復力、適応力の要素であるがゆえに、作物、家畜、水棲生物、森の木々が様々な厳しい条件に耐える能力を支えている。そのため、気候変動や人間活動によりもたらされた砂漠化は、保全によって修復されうる。気候変動が生態系に及ぼす影響に対抗する手段としての「適応力」という概念(Bedmar et al, 2015)は、生物多様性の存在に大きく依存している。「気候変動対応型農業」(CSA)という概念は、基本的に生物多様性の保全と持続可能な利用を念頭に置いたものである。

私たちひとりひとりに、何ができるだろうか?

生物多様性の喪失および気候変動の問題は、すべての人にとっての問題である。気候変動は、多様な作物の栽培に適した土地面積を減少させており、今後もそうあることがわかっている。研究によれば、全般的に耕作面積の喪失に向かう傾向が見られ、特にサハラ以南アフリカではそれが顕著である。また、気候変動は様々な形で生態系動態に影響を及ぼすことが知られているが、実際にそうした影響がみられている。起こりうる影響としては、作物の開花時期と受粉媒介者の存在時期の不一致、侵入外来種、病害虫、寄生虫にとって好都合な状況の拡大などがある。その結果、生態系の変化に伴って病原媒介者の分布や個体数にも影響が及び、作物や家畜における多くの病気の疫学にも影響が現れてくるだろう(FAO, 2015)。

答えを出すのは私たちである

参考文献

Bedmar VA, Halewood M, Lopez Noriega I. 2015. Agricultural biodiversity in climate change
adaptation planning: an analysis of the National Adaptation Programmes of Action. CCAFS Working Paper no. 95. CGIAR Research Program on Climate Change, Agriculture and Food Security (CCAFS). Copenhagen, Denmark. Available online at: www.ccafs.cgiar.org

CBD. 2014. Global Biodiversity Outlook 4 — Summary and Conclusions. Secretariat of the Convention on Biological Diversity. Montréal, 20 pages

FAO. 2015. Coping with climate change – the roles of genetic resources for food and agriculture. Rome

アルフレッド・オテング=イエボア氏 プロフィール

世界レベルでの生物多様性政策の推進役として、アルフレッド・オテング=イエボア博士は、生物多様性を世界的な政治の議題とするためのメカニズム確立に貢献してきた。博士は、生物多様性に関する国際的科学機構(IMoSEB)の共同議長を務め、2005年以来、生物多様性と生態系サービスのための科学と政策のインターフェイスの確立を目指す、世界的な議論のプロセスで重要な役割を果たしてきた。「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)」の設立に際しては、IPBESの第1回~第3回会合に向けた国連環境計画の国際計画会議メンバーとして活動し、第1回、第2回会合の共同議長を、第3回会合では副議長を務めた。2014年2月3日、ニューヨークで開催された国連総会、持続可能な開発目標ワーキング・グループ第8セッションでは、IPBESの功績を総括し、「生命維持システム(life supporting system)」の重要性を訴えた。

また、2010年までに世界的な生物多様性の損失を実質的に削減するための戦略目標策定に向け、科学技術助言補助機関(SBSTTA)第9回、第10回会合 議長として機関の運営にあたった。博士はSBSTTA、COPで、バイオ燃料、SATOYAMAイニシアティブと持続可能な利用、森林、国家管轄権外海域、世界分類学イニシアティブ、キャパシティ・ビルディング、保護地域等、様々なグループ会議の議長を務めた。

また、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約、CITES)」の副議長として、戦略ビジョンを起草、この案文は第54回会合において採択されている。「移動性野生動物種の保全に関する条約(CMS)」科学協議会では、アフリカを代表して発言。移動性野生動物種の飛路を確保するためには、科学的助言が欠かせないと述べた。UNESCO生物圏保護区国際諮問委員会メンバーとして3年間の任期を務め、新たな生物圏保護区の設立に関し支援を行った。さらに、ミレニアム生態系評価(MA)の委員を務め、世界の生態系資源に関する評価報告書の作成に貢献するなど、生物多様性関連の国際メカニズムにおける博士の貢献は甚大である。

現在は、ガーナ生物多様性委員会 議長、SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)運営委員会 議長として、生物多様性の持続可能な利用促進に貢献している。

世界的な視点をもって、科学と政策のインターフェイスとしての役割を務めてこられた博士の存在は、アフリカの若い人々に影響を与えているだけでなく、世界の他の地域の人々、とりわけ、生物多様性の国際交渉に加わり始めたばかりの人々にも大きな影響を与え続けている。

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母なる大地、パチャママ /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/5392/ Thu, 05 Nov 2015 11:17:38 +0000 /ef/midoripress2020/?p=5392

ビビアナ・ヴィラ

ビクーニャ/ラクダと環境 学際研究プロジェクト(VICAM)代表
アルゼンチン学術研究会議(CONICET) 主席研究員
2014年 The MIDORI Prize for Biodiversity 受賞者

8月1日はパチャママの日とされ、一か月の間、アンデスの人々は母なる大地に祝福を求める。冬の終わりの8月は、アルチプラノ高原における最大の苦難の月であり、風の強い乾いた風土と凍えるような寒さのため、生活条件は最も困難なものとなる。8月は、「母なる大地パチャママに食物を捧げる」時であり、農耕と牧畜における新たな年の始まりである。

アルチプラノは中央アンデス高地の半砂漠高原地帯で、標高は海抜3,500メートルを超える。乾燥した寒冷な気候と乾いた土地に順応した植生が特徴である。アルチプラノ本来の動物相には、野生種の南米産ラクダ科動物が含まれる。すなわち、ビクーニャ(Vicugna vicugna)、そしてグアナコ(Lama guanicoe)とその家畜種であるアルパカ(Lama pacos)およびリャマ(Lama glama)である。アルチプラノには、ケチュア語やアイマラ語を話す先住民の人々が暮らしている。彼らは、インカ帝国の住民の子孫である。これらの村落の多くは、伝統的にラクダ科の家畜種(リャマおよびアルパカ)のほかヒツジやヤギの牧畜を行っている。標高の低い渓谷地帯とアルチプラノのごく一部では、ジャガイモ、キヌア、トウモロコシの栽培が発達している。

パチャママ © Calos Julio Sanchez Suau

「大地は私たちに属するものではなく、私たちが大地に属するのだ。なぜなら、私たちは大地の息子であり、娘であるからだ。大地を所有するのは誰か?パチャママは私たちの母であり、私たちはここを我が家として、人間として、動物として、植物として生きるのだ。」

この言葉は、 アルゼンチン・アンデスに住む地元小学校の教師、ルネ・マチャカのものだ。これを選んだのは、パチャママという概念の多次元性とカタログ化の難しさを反映しているからだ。パチャママは神であるが(母なる女神であり、生命の与え手である)、同時に大地でもある。私たちが種を播き、上を歩く、実際の地面である。神としての彼女は強大な力を持つが、物理的、現実的、物質的な意味では、養い、世話をしなければならない存在でもある。このテーマに対するもうひとつの見方は、パチャママが与える生命のあり方は多様であり、人間は存在しうる様々な表現のひとつに過ぎず、それゆえに動物や植物となんら変わりのない存在なのだというものだ。教師であるルネ・マチャカ は、パチャママを神格化された大地であり神秘的な母性的存在として日常的な言葉で説明することにより、パチャママという概念の複雑性を私たちに紹介している。

スペイン人がアメリカ大陸に到達する前のプレヒスパニック文明において、大地は様々な形で崇拝されていた。このことは、古代遺跡にはっきりと見て取れる。インカ帝国は、太陽(インティ)と大地であるパチャママを崇拝していた。パチャママという言葉は、ケチュア語とアイマラ語を話す先住民グループの両方で使われていたことが、スペイン人のコンキスタドール(征服者たち)によって16世紀にすでに記録されている。「パチャ」は大地(世界、風景、土地、土壌、時間)を表し、「ママ」は母(魂、本質)を表す。スペイン人は地域にカトリシズムを強要し、異端とみなされた現地の信仰を暴力的に抑圧するとともに、土着の宗教的シンボルを徹底的に破壊したが、パチャママ信仰はキリスト教の聖母マリアとの習合によって生き延びた。現在、パチャママは主にその豊穣性によって崇拝されているが、それだけでなく、彼女自体が固有の美徳、外観、存在、特徴、力を持った女神としても崇められている。

パチャママは、地中または山の中に住む小柄な老女として表現される。きわめて細いビクーニャ(Vicugna vicugna)の繊維で織られたアンデスの伝統衣装をまとい、さらに、いつも紡錘でビクーニャの毛を紡いでいる。近頃では、人生の最盛期にある若く闊達な女性として描かれるパチャママの姿が一般的になっている。先住民の信仰によれば、パチャママは私たちの母であるが、人間だけの母ではなく、山々、双子の存在であると考えられている太陽と月、家畜、農作物の母でもある。

大地の神聖性を前提とすると、天然の資源を採取する時は必ず、パチャ(Pacha)の許しを求め、供物を捧げなければならない。たとえば陶器職人は、粘土をその採取源から持ち去る時に必ずそうする。種をまくために土地を耕す際は、パチャママへの供物として女性をかたどった小さな魔除けを埋める。パチャママの守護力は、機織り、糸紡ぎ、作陶といった多くの伝統的な作業に及ぶ。

パチャママを礼拝する場所は、独特の自然な岩の配置、山々、「アパチェタ」すなわち石塚を作るために人々が積み上げた特別な岩や石で構成されている。高地の雪山、最高峰、火山は、神聖なものとされる。なぜなら、アンデスの伝統宗教では、人間はもともと大地としてのパチャママから出現したとされているからである。大地はパチャママの居る場所でもあるため、ここにパチャママの「大地」であり「神」であるという二元性が如実に示されている。これらの聖域は通常高い山々にあり、山々を旅することで自然の神聖性もまた高まってゆく。洞窟などの山中の場所は崇拝の対象となっており、また、山から生まれる湧水や川も同様である。

石塚は道沿いにあるため、そこを歩く人はパチャママに呼びかけ、さらに石を積み上げて疲労を和らげることができる。人々はまた、争いごとの解決、健康、あるいは呪いの解除を願うためにもアパチェタを訪れる。パチャママとして知られる特別な石塚は、家畜の囲いのそばにあり、リャマを表す白い石で作られている。新たな石を積み上げることが、家畜が増えることを祈る呪術的な願掛けになっているのである。

ボリビア製のパチャママ像(ヴィラ博士 個人蔵)

サンタ・カタリナのアパチェタ 遠景にビクーニャの群れ

パチャママへの供物には、イリャと呼ばれる魔除けやお守りがあり、自然のもの(岩、鉱物、胃石)もあれば、人の手で作ったものもある。ほとんどの場合、特にパチャママの日である8月1日に行われる儀式においては、地面またはテーブルの上に敷いた布の上に供物を置く。リャマの形に石を彫ったもの、または金属を鋳造したお守りとともに、食べ物と飲み物を聖なる岩のそばの小さな穴に埋めるのが通例である。

イリャ(ヴィラ博士 個人蔵)

コカの葉(Erythroxylon coca)は、聖なる植物とされ、アンデスの宗教において最もよく見られる供物のひとつである。コア(Lepidophyllum sp)は、儀式において煙を作り出すために使われる、樹脂を含んだ芳香植物である。「ウィラ」と呼ばれるリャマの心臓付近の脂肪も煙を作るために使われ、乾燥させたリャマの胎児「スリュ(sullu)」とともに、強力な魔力を持った物と見なされている。そのほかの供物には、赤く染めたリャマの毛糸、トウモロコシ、食べ物、タバコ、花、そして、発酵したトウモロコシから作ったチチャ、ビール、ワインなどのアルコール飲料がある。ほとんどの供物は、地面に掘った儀礼用の穴の中に置く。家畜に関連する一部の供物は、囲いの中、牧草地、水場に埋める。多くの場合、「パチャママ、聖なる大地、私たちのリャマのために牧草を与えてくださるよう、あなたとその実り多く惜しみない子宮にお願いします」と唱えながら、これらの供物を捧げる。村落規模の特別な儀式では、リャマをパチャママへの生贄とし、リャマの血を大地に捧げる。リャマの肉は、集団的儀礼の際に儀礼食の一部として食べる。パチャママ信仰は人々の住居にも見られ、パチャママによる守護を表す聖なる石(通常は赤い毛糸の輪で囲った石英)が置かれている。

聖なる石

豊穣の女神であり栽培植物および野生植物の与え手であるという立場から、パチャママは、アンデス地方の農業に関連するありとあらゆる活動をつかさどっている。種まきや植え付けの際は、必ずパチャママに祈願する。村の老女がパチャママを演じる役割を引き受ける場合もある。家畜の生産力は、人々と土地の生産力に直接関連する。そのため、若く美しい雄と雌のリャマを夫と妻として選び、2頭の婚礼を執り行う。リャマのキャラバンが出発する前には、疲労と病気を防ぐため、コアの煙とチカでリャマを祝福する。また、この儀礼では、通り道の山々の主であるパチャママにキャラバンの無事を祈る。キャラバンについていった家族は、最初に出会ったアパチェタでパチャママに白い石を捧げた後、家に戻る。また、水と灌漑に関する儀式でもパチャママに祈願を行う。なぜなら、彼女は山々の母であり、それゆえに湧水の源だからである。

アパチェタで休息をとるリャマのキャラバン

パチャママは女神であり、同じように神性を備えた夫は、創造者たる偉大な天の神と見なされている。この神は、パチャカマック、ビラコチャなど、地域によって様々な名前で呼ばれる。しかし、私が働いてきたアルゼンチン北西部のほとんどの場所で、名前がついているのはパチャママのみである。

パチャママの下には、特定の任務において彼女を補佐する、あるいは特定の地形の主を務める多くの下位の神々がいる。たとえば、アプスまたはアチャチラは、個々の山や重要な山の精霊であり、ポンチョを着た老人の姿をしている。コケーナは、ビクーニャの守護神である。彼は、ビクーニャを世話し、管理し、彼らを殺す者を罰する。コケーナは、ビクーニャのポンチョと衣服をまとった小人として描かれる。

パチャママは、多くの場合優しく融和的な神だが、地元の人々が言うには、怒りや不満を抱くこともあり、そのような感情を地震、地揺れ、地滑りによって表すこともある。土地を乱用し、動物に苦痛を与え、植物の世話を怠ると、パチャママは腹を立て、彼女の世話を怠った者に襲い掛かって罰することもある。 現在西洋では、母なる大地の悲しみを強力に表わす事象が起きており、現在の環境下で私たちが経験している自然災害は、人間がパチャママにもたらした苦痛に対する報復と解釈することができる。

パチャママをなだめ、それによって彼女の愛と祝福を再び受ける方法は、本当にただひとつしかない。それは、大地に対する私たちの態度を変えることだ。私たちは所有者ではなく、パチャママの手の内にある一つの要素にすぎず、彼女や自然界と一体なのだと理解することである。

参考文献

Aranguren Paz, A. 1975. Las creencias y ritos mágicos religiosos de los pastores puneños. Allpanchis 8-Cusco.

Cipolletti M.S. 1984. Llamas y mulas, treque y venta: el testimonio de un arriero puneño. Revista Andina, 2, 513-538.

Mariscotti de Gorlitz, A.M. 1978. Pachamama, Santa Tierra: Contribución al estudio de la religión autóctona en los Andes centro-meridionales. Indiana. Beiheft Supplement. Ibero-amerikanisches Institut. Mann Verlag. Berlin. Germany.

ビビアナ・ヴィラ氏 プロフィール

ビビアナ・ヴィラ博士は、アルゼンチン学術研究会議(CONICET)主席研究員、またビクーニャ/ラクダと環境 学際研究プロジェクト(VICAM)のリーダーを務める人物である。博士はアルゼンチン北西部アンデス山脈アルチプラノ高原において、実践的かつ象徴的な生物多様性保全プロジェクトを30年以上にわたって実施してきた。ヴィラ博士は非常に優秀な研究者であり、野生生物の保護活動家としても傑出した人物である。

南米においてビクーニャは、生態学的にも、経済学的にも、社会文化的にも非常に重要な野生種である。しかしビクーニャ毛が大切にされてきた一方で、大量捕殺が数世紀にわたって行われてきた。ヴィラ博士が主導する研究グループVICAMは、ビクーニャの保全と持続可能な利用を目的としてアンデス地域のコミュニティと協力し、スペイン人による征服以前から伝わる古代の野生生物捕獲技術「チャク」の復活に非常に重要な役割を果たしてきた。彼らが、野生ビクーニャの捕獲、毛の刈込、リリースといった一連のアプローチを開発したことで、経済的に困窮した先住民族のコミュニティに収入がもたらされた。この収入は、生物多様性だけでなく、種の保全や生態系の保全にも重要なインセンティブを与えている。VICAMは、生物科学、社会科学などの様々な経歴を持つ12名のメンバーによって構成された研究グループであり、保全の様々な様相に尽力してきた。科学に根差した環境管理と先住民族の知識をブレンドした VICAMの保全ビジョンは、科学データに基づき生態学的な持続可能性を推進すると同時に、地域の見識や実践に敬意を示すものである。このプロジェクトは現代的な野生生物保全のモデルであり、同様の分野で活動する人々にもインスピレーションを与えうるものである。

ヴィラ博士は、 優れた研究者でもあり、影響力の大きな学術誌に定期的に業績を発表している。またヴィラ博士は、遠隔地にあり、時に極度な寒冷地や乾燥地、強風にさらされる場所など、劣悪な環境下にある山岳コミュニティと効果的な協働を行ってきた。CONICETの主席研究員として、野生のビクーニャ、アンデスの環境の持続可能性に関する研究を行っているほか、教諭、メンターとしても優れた人物で、ルハン国立大学の非常勤教授として、「農村部における環境教育」を教授している。アルゼンチン科学省においては生物多様性と持続可能性に関する諮問委員会の科学コーディネーターを、アルゼンチン山岳地域開発委員会(FAOとのパートナーシップで実施)にCONICETの代表として参加する他、ラテンアメリカ動物行動学会の副会長を務めている。第3世界女性研究者組織(OWSD)では、フォーカル・ポイントの役割を担っている。

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日本とチリ: 津波で結ばれた国 /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/5423/ Wed, 01 Apr 2015 13:25:02 +0000 /ef/midoripress2020/?p=5423
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フアン・カルロス・カスティーリャ

チリ カトリカ大学 名誉教授
2012年 The MIDORI Prize for Biodiversity 受賞者

日本とチリは、いずれも「環太平洋火山帯」に属する国である。この火山帯では、深く沈み込んだ海洋域に沿って、地殻プレート同士がぶつかり、世界の地震の約90%が起きている。また、地球上の津波のほとんどがここで記録されている。そのため、両国は地震や津波災害という点で多くの共通項があり、まさしく「津波で結ばれた国」と言うことができる。日本とチリの間には、津波被害にまつわる一種の連帯感がある。とはいえ、日本とチリの連帯感と友情は長年にわたるものであり、自然災害という共通項をはるかに超えて続くものだ。

チリでは、2010年2月27日にチリ中部のマウレ州で発生したマグニチュード8.8の大地震とその後に沿岸部を襲った津波災害(「27F」と呼ばれる)から、今年で5年を迎える。偶然にも、日本も、2011年3月11日に発生して15,000人以上の命を奪ったマグニチュード9.0の東日本大震災と最悪の津波被害から、4年を迎える。これは日本とチリにとって、被害を思い起こすだけでなく、海沿いの漁村に対する津波の影響、海洋自然、学んだ教訓、そして何よりも相互協力を強化する方法について考える特別な機会かもしれない。

少年とボート
2010年チリ地震(27F)の津波で打ち上げられたボート(チリ中央部 カウイル)

2010年チリ地震(27F)
マウレ州を襲った津波で木の上に覆いかぶさった漁船(チリ中央部 チェブル)

チリ中央部マウレ州地震(27F)に襲われたチェブル橋

2010年チリ地震(27F)で座礁した小規模漁船(チリ中央部 ブカレム)

簡単な言葉で説明するなら、津波とは、主に地震によって引き起こされる自然現象であり、海水を垂直方向に押し上げ、それによって膨大なエネルギーを持つ波を生み出すものである(すべての海底地震が津波を引き起こすわけではない)。津波は、人為的災害ではなく、地球に起こる自然現象である。現状の理解では、世界の気候変動や生物多様性の喪失とは異なり、津波は社会的(人為的)に引き起こされた環境変化とは無関係である。つまり、津波(および地震)は、何千年、何百万年にわたって、日本とチリ、そして環太平洋火山帯において繰り返し発生し、今後も発生するものだ。

2010年チリ地震(27F)で破壊されたチュブル橋(チリ中央部 マウレ州)

それが地震と津波災害に対する適切かつ唯一の心構えだと、私には思われる。そして私たちは、こうした災害の被災者の方たちのことを真っ先に考えなければならない。災害の影響と人的被害を減らすためには、何が必要か? より科学的に言えば、技術的進歩と社会的進歩が間違いなく必要である。地震と津波は、これからも日本とチリ、そして環太平洋火山帯の国々を襲う。それらは環境の一部であり、適切かつ早期の予測につながる知識と災害に対する社会の備えが、災害に立ち向かうための唯一の手段である。そして、その手段をさらに発展させ、各国の間で共有する必要がある。事実、日本とチリの間には、これらの災害に長年直面してきた経験を踏まえ、相互の学習と進歩のために共同で行えることがたくさんある。しかし、それは行われているだろうか? それが適切に行われているかどうかは、疑問である(間違っているかもしれないが)。私の知る限り、たとえば地球物理学や工学などの分野では、科学的協力が十分に行われているようだ。しかしながら、海洋学、生態学、海洋保護および修復、教育、アウトリーチ活動、社会科学、人々の備えにおいては、十分とは言えないようだ。日本は、地震予測による早期警戒において技術的にチリよりはるかに進んでいる。私は、そのような技術がチリでも実施されることを願っている。とはいえ、問題は技術だけではない。社会の備え、科学、教育、法整備も重要な問題であり、日本とチリが相互利益のために共有するべきことはたくさんある。私の意見では、私たちは機会を十分に活用していない。たとえば、チリの側から見れば、チリと日本の地域社会(小規模な漁村)に「土着の生態学的知識(LEK)」として根付いている地震・津波経験から、互いに多くのものを学ぶことができると思う。そうした情報を比較することで、災害への備えを強化することができるだろう。また、海洋学的進歩、安全な建築基準および免震技術においても協力の余地がある。さらに、一般へのアウトリーチ活動と学校教育の分野は、津波災害の影響に立ち向かうために不可欠である。日本とチリは、これらの苛酷な自然災害に対する備えを強化し、双方にメリットをもたらす対策に向けて、十分に協力しているだろうか? この点は疑問である。日本とチリの行政当局、NGO、ビジネス界、産業界、寄付者、財団法人、有識者、一般の人々が力を合わせて取り組むべき課題が、そこにある。これらの課題に対して、多くのことが行えるであろうし、行わなければならない。

その一方で、自然の海洋生態系および生物多様性に対する地震や津波の影響を緩和するために私たちができることは、ほぼ皆無である。したがって、私の経験では、沿岸で地震や津波の被害が起きた後に、生態系への影響に対処するには、自然個体群および集落の自然な回復を待つか、あるいはより困難ではあるが、復元を行うしかない。最終的には、被災地環境の生態系レジリエンスによって行く末が決まるだろう。もちろん、津波後の沿岸部の海洋環境において、早急に実行するべき最も重要な活動のひとつは、被災区域の海底および海水中の瓦礫と汚染物質を除去することである。チリでは、27Fの後、フアン・フェルナンデス諸島(27F津波により甚大な被害を受けた)の潮間帯および海中の瓦礫除去において、大きな経験を積んだ。これを、日本の行政機関や科学者にも伝えることができるだろう。また、日本も、チリの行政機関や科学界と共有できる豊富な経験を有している。

チリ中央部モチャ島
津波で持ち上げられた高さおよそ3mの巨岩(岩の上部の藻類を見れば、この岩がマウレ州地震以前は水中にあったことがわかる)

チリ中央部 サンタ・マリア島
チリ中央部マウレ州地震(27F)で待ち上げられた全長2〜2.5mの巨岩(筆者は、岩があった潮間帯の元の位置を示している)

このコラムでは、「自然」、「生態系機能」、「生態系サービス」という概念が持つ学術的効果とコミュニケーション効果を、私が信奉しているということを強調したい。そして、それらの概念のベースに生物多様性があることは間違いない。実際、私は海洋学者として、沿岸生態系または少なくともその一部が果たしている機能を理解したいと考えている。自身の分野研究として、1985年と2010年のチリ地震の後に、沿岸部の地盤が約0.8~3メートル(潮汐系においては約1.5メートル)隆起したことを観測し、沿岸部の岩礁性潮間帯のレジリエンスの監視(モニタリング)を行い、結果を発表した。ここから、「これらの生態系のレジリエンスは、どれほど高いか?」、「それらが再び機能を回復する、または新たに置き換わるには、どれほどの期間がかかるか?」といったことが主要な課題となるとわかった。かいつまんで説明すると、この場所での生態系のレジリエンスは非常に高かったため、約2~3年で生態系機能が回復し、主要な一次生産者、草食動物、肉食動物、濾過摂食者の完全な自然回復が見られた。その一方で、27Fによる沿岸部の劇的な地盤隆起の後に、小規模な海面養殖による重要な海藻資源の一部が完全に姿を消したという例もある。これらは、もう復活することはないだろう。要するに、地震によって海岸が劇的に変化し、海藻の生息環境が失われたのである。また、27F津波の後、いくつかの海底集落(水深約20~25メートル)が、岩の移動、堆積物の流動、その他の海底攪乱効果により影響を受けたことも示されている。にもかかわらず、これらの地域における主要な底生漁業(※)は影響を受けていないようである。この場合、生態系サービス(漁業)と底生漁業の機能によるアウトプットに焦点を当てた上で「地域の底生漁業は影響を受けたか、否か?」と問うことが、主要な課題となる。その答えは「ノー」であるようだ。そして最後に、私たちはいくつかの学際研究を行い、小規模な漁村の暮らしと、震災の影響に取り組む社会組織について調べた。この研究は、生物学、生態学、社会科学という分野を統合して行われた。土着の知識、コミュニティの住民の認識や希望が、地震と津波によってどのように影響を受けたかを理解することが、調査の主眼である。私たちは、その成果を日本の科学者とも共有したいと思っている。

※底生漁業とは、ウニ、軟体動物、藻類等の資源を採取する漁業法。ダイバーによる潜水採集が主流。国家統計によると、その量は数千キログラムに相当するといわれている。チリでは年間にしておよそ3万トンのウニを採取しており、その多くは日本に輸出されている。

要約すると、地震と津波は、自然、生態系、生物多様性に影響を及ぼす、言い換えれば「私たちとその環境に影響を及ぼす」自然災害である。凄まじい津波は自然全体に影響を与え、密接に絡み合う社会的・生物的・物理的な複合的機能に影響を及ぼす。私に言わせれば、これらすべてが「自然」と呼ばれるものであり、人類はそのなかで最も重要な構成要素のひとつである。したがって、少なくともチリにおいて(おそらく日本においても)、私たちが本当に必要としていることは、さらなる科学的進歩を遂げ(とりわけ各分野の統合において)、地震と津波のより高度な早期予測技術の開発を目指し、海洋環境への影響と生態系のレジリエンス、機能、生物多様性について科学的理解を深めることだと思われる。そして、教育、アウトリーチ活動、法整備においてもさらに前進し、津波の影響に立ち向かう社会の備えを強化することである。

日本とチリは津波で結ばれた国同士であるという認識は、これからも津波に見舞われる運命にある両国の間で、長期にわたる友好と協力を強化する役割を果たすだろう。さあ、力合わせて津波に立ち向かおう!

フアン・カルロス・カスティーリャ氏 プロフィール

フアン・カルロス・カスティーリャ(1940年生まれ)は、天然資源の持続可能な利用を行う上で重要となる禁漁区および管理水域の研究で知られている。「南米における海洋生態学のパイオニア」と言われるカスティーリャは、カトリカ大学生態学部の教授として海洋生態学、群集生態学を教えているほか、25年以上前に禁漁区研究の拠点となったチリのラスクルーセスにある沿岸海洋調査ステーションの局長を務めている。

禁漁区での長期的研究において、カスティーリャは「人間が除外された」禁漁域および季節的な禁漁を調べるため、地域の漁協と協力して実験を行った。カトリカ大学実験所に作った小規模海洋保護区を通じて、海洋保護区が周辺海域の資源の増産や生物多様性の保全につながることを科学的に証明、この成果をもとに、小規模海洋保護区と持続可能な漁業の組み合わせを提唱し、チリ全体に広めた。

こうした取り組みは、チリの漁業・養殖業法、とりわけ底生生物資源の管理に大きな影響を与えただけでなく、資源の持続的利用と沿岸生態系の保存において零細漁業が果たす役割を明確にし、チリ沿岸地域での零細漁業を保護する制度をチリで実現した。また、Jane Labuchenko教授、Bruce Menge教授、Steve Gaines教授らチリやアメリカの研究者とともに、PEW財団海洋保全プロジェクト、メロン財団沿岸生態系プロジェクト、沿岸海洋学際研究パートナーシップ等の事業に参画しており、これらのプロジェクトについて60以上の論文を発表している。

こうした活動は、沿岸所有権や管理・開発水域、共同管理に関連したカスティーリャの理論と実践により高い成果をあげている。また、生物多様性の保全と持続的利用の両立において、零細漁業の役割を世界で認知させ、生物学だけでなく新たな法制度の提案までを担ったことは、世界における生物多様性に関する取り組みにおいて発展的な影響力を持っている。

現在、30以上の大学に招聘され、講義やセミナーを行っており、250以上に及ぶ論文を発表している。また、海洋公園ならびに保護区に関する先駆的な活動、沿岸資源の共同管理、海洋生物多様性の保全における業績が認められ、The MIDORI Prize for Biodiversityを含む数々の賞を受賞している。

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