驚異的な大量絶滅期を迎えて

ポール・エベール

カナダ ゲルフ大学 統合生物学部教授
2020年 The MIDORI Prize for Biodiversity 受賞者

我々人類は、地球という星を何百万種もの生物と共有している。その生物のうち数百種は、農業、水産業、林業において重要な種である。また別の数千種は、美しさにおいて、価値あるものとされる。その一方、病原性や毒性により駆逐される種もある。しかし多くの種は、気に留められることすらないだろう。種は数百万年生き、多様化する道を行くか、逆に絶滅するかのどちらかだ。しかし、この生物学的な一定のリズムを混乱させ、壮大な規模での種の損失が起きようとしている。地球の歴史では、これまでに5回の大量絶滅しか記録されていないため、その間に100万世紀が経過している。今回の6回目の絶滅期は、このまま状況が変わらない限り今世紀中に起こる可能性がある。我々人類は、驚異的な時代を迎えつつあるのだ。

1992年の地球サミットでは、世界各国政府よりこの危機が注目され、生物多様性条約が批准され、その遂行を調整する事務局も設立された。しかし、それから30年が経過した今でも、生物多様性の損失はさらに深刻化しているのが現実だ。その原因は明らかである。人類の人口急増が土地の開発利用を激化させ、野生動植物界の破壊を加速させている。私たちは、生物多様性の損失を必然のこととして受け入れ、傍観しているわけにはいかない。前例のない規模の破壊に対する責任をとるべきだ。地球を共有する1000万種以上の生命の遺伝子は、解読されることなく破壊されようとしている。我々がこの世界に活力をもたらすためには、解読はさることながら、生きている種の保全が必要だ。

2010年8月 カナダ マニトバ州チャーチル ハドソン湾にて 昆虫サンプルを採取するエベール氏。この地域の全ての種のDNAバーコード リファレンス ライブラリを開発した。
2011年11月オーストラリア国立昆虫コレクション(ANIC)にて 標本を調べるジョン・ラ・サール氏(オーストラリア国立昆虫コレクション所長)とエベール氏。国立昆虫コレクション(ANIC)の協力により、オーストラリアのチョウやガの代表的な標本の分析、DNAバーコード リファレンス ライブラリの構築が可能になった。

単純な解決策はまだ見つからないが、まずは、生物多様性への関心を高め、種の損失を抑制する戦略を立てなければならない。それには生物多様性をより詳細に理解することが不可欠であろう。人類は破壊への道をまっしぐらに進んでいるわけではない。環境問題が十分に情報化され、解決策が明確になれば、我々はそれに対応する能力がある。その行動は遅れることもあるが、まだ間に合うこともある。例えば、フロンによるオゾン層の破壊の問題だ。その仕組みが証明されれば、方向転換しその使用を抑制してきた。また、地球温暖化と炭素系燃料の関係が示されれば、脱炭素化が推進される。この行動パターンは明らかである。科学が語れば、社会は行動を起こすのだ。

科学技術の進歩と社会行動の間には密接な関係がある。例えば、クロロフルオロカーボンや温室効果ガスによる地球規模の影響を記録した高度なセンサーネットワークによって、大気化学の変化を抑制する動きが始まっている。しかしそれとは対照的に、生物多様性における科学は、技術の進歩が遅く、減少している種を記録するケーススタディに頼った学問である。そのため、世界の生物多様性をマッピングする能力に欠けている。そこで、国際バーコード オブ ライフ コンソーシアムは、2019年の設立以来7年間に渡り、1億8,000万ドルの費用と投じ、研究プログラム「BIOSCAN」を立ち上げた(図1)。高度なDNAシーケンサー、コンピュータ ハードウェア、デジタル撮影技術によって生物の情報解析を推進する「BIOSCAN」により、人類の他種への影響の分析が可能になるであろう。

図l:オレンジ色の32か国は、国際バーコードオブライフ(iBOL)コンソーシアムへの参加を通じてBIOSCANプログラムを推進している。

まもなくクモの巣のようにはりめぐらされたネットワークが標本を採取、DNAを読み取り、その情報を静止衛星に送信できるようになるだろう。水中ドローンは水生生態系をパトロールし、DNAを摂取して塩基配列を決定、地上に上がってデータを送信してくれるだろう。そうなれば、毎年何十億もの標本分析が可能になる。また、これらのセンサーネットワークは、ほぼリアルタイムで生物学的変化を追跡するグローバルなバイオ監視システムにもなるであろう。

科学分野の変革やその解決策が生み出される時期が、その解決策を必要としている危機の発生の時期と重なることは稀である。しかし、それは今、生物多様性科学の分野で起こりつつある。その進歩は、絶滅への瀬戸際に立つ生物を、地球に引きずり戻すために必要な知識を人類に提供し、何百万種が地球から絶滅していくのを防ぐであろう。

私たちは今、驚異的な絶滅期に生きている。

グローバル マレイズ トラッププログラム(Global Malaise Trap Program)の一環で、2017年8月4日にパキスタンのクエッタにてNazir Ahmedが採取した新種のハチ(Chrysis: Chrysididae)。 生物多様性ゲノミクスセンターにて分析、撮影。