The MIDORI Press /ef/midoripress2020/ Mon, 28 Dec 2020 06:32:05 +0000 ja hourly 1 「平和」「公平」そして「自然との調和」のある未来~世代間の視点~ /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/6390/ Mon, 28 Dec 2020 06:18:51 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6390

メリーナ・サキヤマ

「生物多様性グローバルユースネットワーク(GYBN)」 共同創設者
MIDORI Prize Winner 2020

2011年から10年の節目を迎え、世界各国政府は、生態系の危機抑制を成功させようと交渉し、新たな世界的目標を定義しコミットを試みているが、時間との戦いに追われている。

この10年間で、私たちは、気候と生物多様性に関する危機に対し、更なる知識、ツール、意識を得て、協調的な行動をとってきている。しかし結果としては、京都議定書、ミレニアム開発目標、愛知目標など、多国間において合意した目標のほとんどを達成できず、大変残念な結果となっている。この大きな政治的失敗は、生態系や物理的システムの健全性を著しく低下させ、気候と生物多様性の危機を悪化させる一方だ。

一方同じ10年間で若者による運動は拡大し力をつけ、意思決定に参加し、自分たちの権利を主張することを可能にしてきている。子どもや若者は、いまだに疎外され、世界のほとんどの国で脆弱な状況に置かれてはいるが、力の不均衡に対処するための政策や法的・制度的な取決めが近年開発され、若者が自分たちの考えを発言し、自身の生活に影響を与える決定に、関わることが可能になってきている。

このような状況の中、生物多様性グローバルユースネットワーク(GYBN)は、生物多様性に関するガバナンスへの若者の行動のエンパワーメント、動員、調整のための集団的な取り組みを進めるため設立された。10年間に渡り、若者が中心となって生物多様性に貢献し、今では世界145カ国以上100万人以上の若者が参加する運動に成長した。

GYBNは、未来の生物多様性について若者の声と視点をまとめるために、協議プロセスを重ねている。自然とのつながりを取り戻し、多様性を称え、その恵みに感謝し、私たちが自然の一部であることを忘れずにいる世界を築きたいと、130か国以上からの若者の代表が集まり、活動している。

若者たちは、自然と人々のための公平性、持続可能な生活、私たちの生命維持システムである生物多様性の完全性を維持する世界を切望している。(www.gybn.org/policy)

COP10 Youth席
生物多様性条約第10回締約国会議 ユース席にて

世界の若者たちは、私たちの生活と未来を脅かす生態学的危機が、現在の経済社会システムの根底にある不平等と力の不均衡と、深く結びついていることを理解している。さらに、これらのシステムは、不平等を悪化させ、公正で持続可能な未来に向けた進歩を妨げる価値観、信念、原則により成り立っている。

最近のIPBESによる「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」によると、価値観と行動、不平等、保全における正義と社会的包摂、消費と廃棄物の削減、教育と知識の共有、豊かな暮らしについての多様な認識など、重要なポイントについて努力することで、持続可能性に向けた変革の可能性は高まることが示されている。

この理解に基づき、若者たちは、短期的で即効性のある解決策は、現代社会で主流となっている値観や原則に根ざした深い社会的葛藤に対処するための答えではないとわかっている。

生物多様性条約第11回締約国会議にて

世界の最大の問題は、現在まで続く歴史的なルーツを持つ根本的な不平等に由来する。この問題の解決には、価値観、原則、行動、制度、政治、法制度、経済制度に至るまで、深遠で体系的な社会全体の変革と社会正義の揺るぎない追求が不可欠だ。

2020年は、この変革と未来のためのビジョンに向け、全世界で、支援を募る年となるはずであったが、実際はそうはならなかった。人間社会は、私たち自身によりもたらされた生態系の劣化による世界的なパンデミックによって破壊され、人類は今、瀬戸際に立っている。このまま壊していくのか、あるいは立て直すのか?価値観、原則、習慣を変えることへの抵抗を克服し、平和、公平、自然との調和のとれた未来のビジョンに向かって動き出せるだろうか?

政府、企業、機関はいまだに麻痺しており、変革に向けて歩みを進めることに消極的である一方、若者たちは自分たちの未来にオーナーシップを持ち、模範となる行動を取っている。#MeToo(ミートゥー)、#BlackLivesMatter(ブラック・ライヴズ・マター)、Fridays For Future(フライデー・フォー・フューチャー)、その他多くの世界的な運動は、創造性と集団行動を駆使して、地に足のついた変化をもたらし、実際に力と責任と資源を持っている人たちに、この生態学的危機に取り組むためのコミットメントと行動を促している。

私たちはどのようにしてこの運動をサポートできるだろうか?

  1. 世代間の対話や議論に参加し、若者の代表者、若者によるグループ、組織を集めて、彼らの見解や考えを発信する。
  2. 若者が自らの行動のオーナーシップを持ち、アイデアを実行できるように、若者主導のイニシアチブを財政的に、あるいは物資を供給し、支援する。
  3. 意思決定、計画、実施プロセスへの若者の完全かつ効果的な参加を促進する。
  4. 若者の権利と世代間の公平性(世代間と世代内の公平性と正義)を尊重し、実現すること。若者に対する、形だけの平等主義、操作、適切な報酬を支払わずに彼らの労働力を利用することをやめる。

世界中の若者たちが率先して、進むべき道を示している!

この運動への皆さまからの参加をお待ちしています。

https://fornature.undp.org/content/fornature/en/home/open-letter.html

www.gybn.org/policy

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メリーナ・サキヤマ氏からの受賞メッセージ /ef/midoripress2020/ja/topics/midorinews/6380/ Fri, 04 Dec 2020 10:15:47 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6380

第6回生物多様性みどり賞受賞者のお一人であるメリーナ・サキヤマ氏(生物多様性グローバルユースネットワーク(GYBN)共同創設者)より、喜びの受賞メッセージが届きました。

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【メリーナ・サキヤマ氏略歴
生物多様性グローバルユースネットワーク(GYBN)共同創設者

2010年に名古屋で開催された生物多様性条約第10回締約国会議と、それに先立つ国際ユース会議などを通じ、同じビジョンを持つ若者たちに出会う。これを契機として、クリスチャン・シュヴァルツァー氏とともに、生物多様性グローバルユースネットワーク(GYBN)を創設した。GYBNは、自然と共生する未来を創るため、若者とその組織のエンパワーメントを目的とした国際的な連合を構築することを目的とする。GYBNの一員として、能力開発やユースのエンパワーメントプログラムを主導することで、数多くの若いリーダーや若者主導のイニシアティブを生み出し、愛知目標や条約の実施に貢献した。現在では、145カ国からなる551のグループ、組織、ムーブメントまでに成長し、プロジェクトの実施、政策立案、生物多様性に関する意識向上などに関して互いに協力し合いながら、様々な問題解決に向け、国境や分野を越えた活動を展開している。

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ウィルシー・エマニュエル・ビニュイ氏からの受賞メッセージ /ef/midoripress2020/ja/topics/midorinews/6361/ Wed, 11 Nov 2020 09:21:24 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6361

第6回生物多様性みどり賞受賞者のお一人であるウィルシー・エマニュエル・ビニュイ氏(環境活動団体「カメルーン ジェンダー・環境ウォッチ」 (CAMGEW)創設者)より、喜びの受賞メッセージが届きました。

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【ウィルシー・エマニュエル・ビニュイ氏略歴】
環境活動団体「カメルーン ジェンダー・環境ウォッチ」 (CAMGEW)創設者

環境問題を解決しながら、ジェンダー平等を目指す環境活動団体「カメルーン ジェンダー・環境ウォッチ」を2007年に設立。この団体は「地球規模で考え、地域で行動しよう」をスローガンとして掲げる。地域社会を巻き込んで、樹木の種子や苗の収集、苗床開発、植林、森林パトロールの組織化を図り、森林保全と再生に取り組む。また、ウィルシー氏の養蜂業に関するイニシアティブは、女性の雇用機会の創出、及び持続可能な収入源を地域社会にもたらし、さらに当該地域の森林火災の劇的な減少にも貢献した。その他、森林地域の居住者の啓発のための環境教育の実践、生物多様性のホットスポットの再生に取り組む。養蜂家のエンパワーメントにも力を入れ、養蜂協同組合の組織化や、ハチミツの質、生産量の改善を促進している。

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キルムイジム森林保全と気候変動対策としての蜂蜜バリューチェーン(価値連鎖)の開発 /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/6338/ Fri, 30 Oct 2020 12:31:19 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6338

ウィルシー・エマニュエル・ビニュイ 

環境活動団体「カメルーン ジェンダー・環境ウォッチ」 (CAMGEW)創設者
MIDORI Prize Winner 2020

はじめに

環境活動団体「カメルーン ジェンダー・環境ウォッチ (CAMGEW)」は、2007年10月に設立された非営利団体で、カメルーンの環境とジェンダー問題に取り組む活動をしている。「地球規模で考え、地域で行動しよう」をスローガンとして掲げ、環境とジェンダーの問題を同時に解決することを進めている。

キルムイジム森林地帯

キルムイジム森林地帯はバメンダ高原の一部で、カメルーン北西部に位置する。産地認定製品として「オク・ホワイトハニー」はこの地域で生産されている。

その広さは2万ヘクタールに及び、最高地点は標高3011mに達する。火口湖であるオク湖はこの地域に位置する。またキルム山は、カメルーン山に次いで、国内で2番目に高い山だ。オク・ホワイトハニー、キノコ、薬用植物、スパイスなど、木材ではない農産物が豊富な生態系を有する。オク・ホワイトハニーとペンジャホワイトペッパーは、カメルーン産として認められる2大農作物だ。蜂蜜の生産には、ヌクシア・コンゲスタ(Nuxia congesta)、プルヌス・アフリカーナ(Prunus africana)、シェフレア・アビシニア(Schefflera abyssinica)シェフレア・マンニ(Schefflera manni)などの木々が使用されている。これらの木々は、水辺の地域で良く育ち、絶滅危惧種に指定されているバナーマンズ・トゥラコ(Bannerman’s Turaco)などの鳥を迎い入れる。また、この地域にはニュートニア・カメルネンシス(Newtonia camerunensi)など、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに登録されている絶滅危惧種の木も自生している。

キルムイジム森林地帯におけるCAMGEWの活動

CAMGEW は2012年から2020年にかけて、キルムイジム森林地帯に8万7千本の植樹を行った。蜂が好む植物を植えており、8万本の苗木を育てる施設を3か所に開発した。
CAMGEW は1,388人の養蜂家を養成し、蜂蜜生産、品質管理、蜜蝋抽出に関する教育を行った。訓練を終えた養蜂家には1,354個の蜂箱が配布され、6つのオクホワイトハニー協同組合が組織化された。養蜂の教育を受けたもののうち、女性は約30%、若者は30%の割合だ。採取した蜂蜜を貨幣にするため、州都バメンダでCAMGEWの蜂蜜店が出店されている。蜂蜜、蜜蝋、キャンドル、養蜂スーツ、養蜂用燻煙器、蜂蜜ワイン、蜂蜜ジュース、蜂蜜石鹸、蜂蜜粉末石鹸、蜂蜜ボディローションなどを販売する。これまでに142名の女性と若者が、蜂蜜チェーン開発に関する起業家研修を受けた。

植樹のため苗を運ぶ人々
養蜂研修

またCAMGEWは、森林に関しての意見交換、意思決定を支援するために、2つの森林マルチステークホルダー・プラットフォームを設立した。地域社会による7つの森林管理機関が再編成され、772人の農民が森林農業技術研修を受けることができた。

自立生計支援

CAMGEWは、自立生計を支援する活動も行っている。1,580人の女性がビジネススキルの訓練を受け、1,325人の女性が経済的な融資支援を受けてきた(毎月総額5,500米ドル)。これらは森林地域に住む女性に対して、マイクロファイナンスの役割を果たしている。また、44人の10代の青少年は、プラスチックやアフリカのファブリックを再生利用し、宝石やバッグ、ベルトを作る職業訓練を、78人の10代の母親は、地元の食品加工の訓練を受けるなど、さまざまな教育支援が行われている。

山火事防止

山火事は2012年には7件あったが、2018年、2019年には1度も起きなかった。2014年に起きた1回の山火事では、約1,000ヘクタールの森林が破壊されていたが、 2017年の山火事の際は、養蜂家を中心とした地域住民70人以上が森に入り、火災を鎮め、5ヘクタール弱の焼失に留めることができた。養蜂家は自分の蜂の巣を失わないよう、連帯して山火事を防ぎ森林を守る。このように、養蜂=仕事=蜂蜜=収入=森林=保全と全てはつながっている。CAMGEWの蜂蜜店は、気候変動を引き起こす山火事の防止につながっているのだ。蜂蜜は、森林を守る行動に地域社会を巻き込むための手段となっている。

種の絶滅を避けるために

CAMGEW は、バメンダ高原とバンブータス地域の乾燥熱帯地域のみに生息しキルムイジム森林にも自生しているニュートニア・カメルネシス(Newtonia camerunensis) を 3,700 本植樹した。この種は、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅危惧種に指定されている。森林の人工育成は難しいと科学では言われているが、CAMGEWはこの植樹に成功した。また、キルムイジム森林は絶滅危惧種である赤い羽を持つ鳥「バナーマンズ・トゥラコ」の最大の生息地でもある。その羽は著名人、有名人の冠に使用することが伝統である。

 気候変動に泣かされる養蜂家たち

蜜蜂の生息地であるキルムイジム森林の年間降雨量は年々不規則になり、養蜂生産に大きく影響を与えている。2018年は、雨の時期が早かったため、花が少ない一方で木が育ち、蜂蜜生産が40%減った。花が少ないため、蜂蜜の収穫時期の決定が難しくなった。通常よりも早い4月中の収穫を決めたものは、通常の収穫時期である4月末や5月に収穫した養蜂家よりも、多く収穫できた。養蜂家にとって、今は気候変動への適応、それを緩和する行動が必須となる。また、養蜂家たちは養蜂の代替事業として、森林農業、オーガニックコーヒー栽培等の訓練も受けている。

進むべき道

母なる大地の未来は我々の手に委ねられている。「社会正義と環境正義を開発の中心に据えることで、この地球を持続させることができる」と私たちは信じている。

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ポール・エベール氏からの受賞メッセージ /ef/midoripress2020/ja/topics/midorinews/6293/ Mon, 26 Oct 2020 23:58:25 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6293

第6回生物多様性みどり賞受賞者のお一人であるポール・エベール氏(カナダ ゲルフ大学 統合生物学部教授)より、喜びの受賞メッセージが届きました。

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【ポール・エベール氏略歴】
ポール・エベール氏は、カナダ ゲルフ大学で統合生物学部教授を務めると同時に、同大学の分子生物多様性カナダ研究委員長、生物多様性ゲノミクスセンターのディレクターを兼務する。過去20年間、あらゆる生命体を、DNA情報に基づき適切な生物種に識別する、「DNAバーコード」という革新的な手法の開発に取り組んできた。得られた生物多様性に関する情報は、ライブラリに蓄積され、1千万件以上に上る。DNAバーコードに関する国際事業共同体を設立するなど、地球上の生物多様性に関する人類の理解に革命をもたらす研究アライアンスを構築した。こうした取り組みは、自然の価値に対する人類の認識を向上させ、生物多様性の保全や生物多様性のモニタリングの一助となるとともに、生物多様性に関する知識をより身近なものにすることにも貢献した。

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生物多様性条約事務局 エリザベス・マルマ・ムレマ事務局長からのメッセージ /ef/midoripress2020/ja/topics/midorinews/6261/ Mon, 26 Oct 2020 23:04:00 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6261

生物多様性条約事務局 エリザベス・マルマ・ムレマ事務局長から、生物多様性みどり賞2020受賞者へ、祝辞をいただきました。

2020年の受賞者は、ポール・エベール氏(カナダ ゲルフ大学 統合生物学部教授)、メリーナ・サキヤマ氏(「生物多様性グローバルユースネットワーク(GYBN)」共同創設者)、ウィルシー・エマニュエル・ビニュイ氏(環境活動団体「カメルーン ジェンダー・環境ウォッチ」 創設者)の3名です。

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生物多様性みどり賞は、公益財団法人イオン環境財団と、国連生物多様性条約事務局が共催し、
生物多様性の保全と持続可能な利用に関して、顕著な功績のある個人を顕彰する国際賞です。

第6回生物多様性みどり賞(The MIDORI Prize for Biodiversity 2020)審査委員会

※敬称略

【審査委員長】
岡田卓也
公益財団法人イオン環境財団 理事長

【委員長代理】
岩槻 邦男
イオン環境財団 理事

【審査委員】 ※アルファベット順
黒田 大三郎
地球環境戦略研究機関 シニアフェロー

スーザン・ガードナー
国連環境計画 エコシステム ディビジョン ディレクター

あん・まくどなるど
上智大学大学院 地球環境学研究科 教授

エリザベス・マルマ・ムレマ
生物多様性条約事務局 事務局長(みどり賞共催者)

涌井 史郎
東京都市大学 環境情報学部 特別教授

吴宁
中国科学院 成都生物学研究所 所長

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驚異的な大量絶滅期を迎えて /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/6249/ Tue, 20 Oct 2020 09:27:21 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6249

ポール・エベール

カナダ ゲルフ大学 統合生物学部教授
2020年 The MIDORI Prize for Biodiversity 受賞者

我々人類は、地球という星を何百万種もの生物と共有している。その生物のうち数百種は、農業、水産業、林業において重要な種である。また別の数千種は、美しさにおいて、価値あるものとされる。その一方、病原性や毒性により駆逐される種もある。しかし多くの種は、気に留められることすらないだろう。種は数百万年生き、多様化する道を行くか、逆に絶滅するかのどちらかだ。しかし、この生物学的な一定のリズムを混乱させ、壮大な規模での種の損失が起きようとしている。地球の歴史では、これまでに5回の大量絶滅しか記録されていないため、その間に100万世紀が経過している。今回の6回目の絶滅期は、このまま状況が変わらない限り今世紀中に起こる可能性がある。我々人類は、驚異的な時代を迎えつつあるのだ。

1992年の地球サミットでは、世界各国政府よりこの危機が注目され、生物多様性条約が批准され、その遂行を調整する事務局も設立された。しかし、それから30年が経過した今でも、生物多様性の損失はさらに深刻化しているのが現実だ。その原因は明らかである。人類の人口急増が土地の開発利用を激化させ、野生動植物界の破壊を加速させている。私たちは、生物多様性の損失を必然のこととして受け入れ、傍観しているわけにはいかない。前例のない規模の破壊に対する責任をとるべきだ。地球を共有する1000万種以上の生命の遺伝子は、解読されることなく破壊されようとしている。我々がこの世界に活力をもたらすためには、解読はさることながら、生きている種の保全が必要だ。

2010年8月 カナダ マニトバ州チャーチル ハドソン湾にて 昆虫サンプルを採取するエベール氏。この地域の全ての種のDNAバーコード リファレンス ライブラリを開発した。
2011年11月オーストラリア国立昆虫コレクション(ANIC)にて 標本を調べるジョン・ラ・サール氏(オーストラリア国立昆虫コレクション所長)とエベール氏。国立昆虫コレクション(ANIC)の協力により、オーストラリアのチョウやガの代表的な標本の分析、DNAバーコード リファレンス ライブラリの構築が可能になった。

単純な解決策はまだ見つからないが、まずは、生物多様性への関心を高め、種の損失を抑制する戦略を立てなければならない。それには生物多様性をより詳細に理解することが不可欠であろう。人類は破壊への道をまっしぐらに進んでいるわけではない。環境問題が十分に情報化され、解決策が明確になれば、我々はそれに対応する能力がある。その行動は遅れることもあるが、まだ間に合うこともある。例えば、フロンによるオゾン層の破壊の問題だ。その仕組みが証明されれば、方向転換しその使用を抑制してきた。また、地球温暖化と炭素系燃料の関係が示されれば、脱炭素化が推進される。この行動パターンは明らかである。科学が語れば、社会は行動を起こすのだ。

科学技術の進歩と社会行動の間には密接な関係がある。例えば、クロロフルオロカーボンや温室効果ガスによる地球規模の影響を記録した高度なセンサーネットワークによって、大気化学の変化を抑制する動きが始まっている。しかしそれとは対照的に、生物多様性における科学は、技術の進歩が遅く、減少している種を記録するケーススタディに頼った学問である。そのため、世界の生物多様性をマッピングする能力に欠けている。そこで、国際バーコード オブ ライフ コンソーシアムは、2019年の設立以来7年間に渡り、1億8,000万ドルの費用と投じ、研究プログラム「BIOSCAN」を立ち上げた(図1)。高度なDNAシーケンサー、コンピュータ ハードウェア、デジタル撮影技術によって生物の情報解析を推進する「BIOSCAN」により、人類の他種への影響の分析が可能になるであろう。

図l:オレンジ色の32か国は、国際バーコードオブライフ(iBOL)コンソーシアムへの参加を通じてBIOSCANプログラムを推進している。

まもなくクモの巣のようにはりめぐらされたネットワークが標本を採取、DNAを読み取り、その情報を静止衛星に送信できるようになるだろう。水中ドローンは水生生態系をパトロールし、DNAを摂取して塩基配列を決定、地上に上がってデータを送信してくれるだろう。そうなれば、毎年何十億もの標本分析が可能になる。また、これらのセンサーネットワークは、ほぼリアルタイムで生物学的変化を追跡するグローバルなバイオ監視システムにもなるであろう。

科学分野の変革やその解決策が生み出される時期が、その解決策を必要としている危機の発生の時期と重なることは稀である。しかし、それは今、生物多様性科学の分野で起こりつつある。その進歩は、絶滅への瀬戸際に立つ生物を、地球に引きずり戻すために必要な知識を人類に提供し、何百万種が地球から絶滅していくのを防ぐであろう。

私たちは今、驚異的な絶滅期に生きている。

グローバル マレイズ トラッププログラム(Global Malaise Trap Program)の一環で、2017年8月4日にパキスタンのクエッタにてNazir Ahmedが採取した新種のハチ(Chrysis: Chrysididae)。 生物多様性ゲノミクスセンターにて分析、撮影。
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海鳥とメキシコ島嶼~全てはつながっている~ /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/6189/ Mon, 05 Oct 2020 11:55:48 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6189
Alfonso 2 (1)

アルフォンソ・アギーレ=ムーニョス

「島嶼生態系保全グループ」名誉ディレクター・委員長
2016年 The MIDORI Prize for Biodiversity 受賞者

野生生物は、それぞれの環境に適応していく。動植物コミュニティとその周辺環境における、複雑で絶えず変化していく相互関係は、何百万年に渡り構築され、その重要な機能を果たしている。このような自然への理解は、世界各地の伝統文化に根付いている。偉大な博物学者であるアレクサンダー・フォン・フンボルトは、この体系的で複雑な思想を形式化し、現代の生態学の中心となる基礎を作った。フンボルトの豊かな展望と独創的な研究は、進化を探求するダーウィンを刺激し、「島々」が観察と発見の対象の中心となった。
海鳥は、海、空、島を結び付け世界をつなぎ、これらの複雑な生態学的相互作用がどのように世界を構成しているかを示す。海鳥、海、島は全てつながっている。

海鳥観察には神秘的な自由、芸術的な喜び、美学的な楽しみが伴い、海鳥への畏敬の念を覚えさせ、また、想像以上のことを教えてくれる。当然のことながら、バードウォッチングには古い歴史があり、古代エジプト、ギリシャ、ローマでは、予言のために鳥を観察した。「鳥を観察するもの(AugursまたはAuspices)」と呼ばれる専門家(鳥占官)は鳥の行動を解釈し、未来を予測した。

今日では、古代行われていた鳥の観察による卜占(ぼくせん)は科学の叡智となり、世界と人類の未来について情報提供する。このように、海鳥の多様性、個体群の動態、変遷の研究は、国境を越えて人類全体に影響を与える重要な問題について提起する。

メキシコ 太平洋 エスピリトゥ サント島
レイサン アルバトロス

例えば、地球温暖化、海面上昇、サンゴ島の完全喪失、津波に対する沿岸地域の脆弱性、化学物質による海洋汚染、海洋のプラスチック汚染、乱獲、島の生息地破壊などだ。健全な海と島にとって、海鳥は「炭鉱のカナリア」または「ブドウ園のバラ」のような役割を果たし、環境の状態について明確に伝えてくれる。

メキシコ島嶼の中でも、特に太平洋の島々は世界的に重要な海鳥の生息地であり、世界の種の総数(359)の3分の1にあたる108種が生息し、ニュージーランドに次ぎ世界第2位の海鳥の固有種数が確認されている。何百万年に渡り、海鳥は摂食、繁殖、休息、営巣をこれらの島々で行い繁栄してきた。
しかし、近代化と人間の存在は海鳥の犠牲を生み、捕食と生息地破壊は進んだ。その最大の要因は、故意または偶然に船員が島に持ち込んだ外来種の侵入であった。

例えば船のネズミ、ネコ、ヤギ、ヒツジなどだ。わずか数年でその侵入者は、固有種の完全な根絶、あるいは局地的な絶滅をもたらす。この問題は、例外なく世界中の島々で起きている。
過去20年間に渡り、メキシコの非営利団体「島嶼生態系保全グループ( Grupo de Ecologíay Conservaciónde Islas、AC)」は、島々の自然再生と、メキシコ海鳥の生息数を回復させるべく、政府と地域社会と連携し、包括的かつ長期的な保全を実施してきた。当初のミッションは、海鳥を襲う主な動物を取り除き、生息域の環境を変えることだった。これまでに39の島から61匹の外来哺乳類を駆逐し、250の海鳥の繁殖コロニーの生息数に改善が見られた。

メキシコ 太平洋 サン・ベニート・オステ島 人工巣のウミスズメ(Murrelet juvenile)
グアダルーペ島 科学者による保護活動

多くの場合、海鳥は一度絶滅しても、安全で清潔になった島には、何も施さずにも海鳥は戻ってくる。稀にだが、戻ってこない場合は、我々はコロニーを惹きつけるテクニックを使い、人工的に帰還を促す。例えば、デコイ(人工的なおとりのコロニー)を設置、鳥の鳴き声の放送、人工巣を配置し、親鳥の負担軽減、最初の繁殖を促すなどの取り組みだ。こうして、絶滅した27種の海鳥の個体数は以前の85%まで回復した。今後永続的な結果を出すため、植生群落と土壌の再生も行った。その他、外来種の侵入を防ぐため、バイオセキュリティプロトコルを作成した。

海鳥の繁殖数の回復には、人間の社会的側面からの取り組みもあった。我々は地元の漁師コミュニティに対して、環境学習の機会を提供した。また、現在メキシコのすべての島々は連邦の政令により保護されており、保全活動の成果が見られる。保全には、学術・政府機関との連携が不可欠だ。

グアダルーペ島 漁師コミュニティの子どもたち

「島嶼生態系保全グループ」は、バハ・カリフォルニア半島付近の太平洋、グアダルーペ島、カリフォルニア湾、レビジャヒヘド諸島、カリブ海、メキシコ湾など、多様性豊かな海洋域の島々で、海鳥の個体数の調査と監視を続けている。

最後に、海鳥が体現する地球規模のつながりに立ち返り、希望に満ちたエピローグで締めくくりたい。それは、太平洋を越えた「島々の姉妹関係」の概念を浮き彫りにするストーリーだ。メキシコのグアダルーペ島近くの小島、エル・サパトで2018年に生まれた若いコアホウドリが数カ月前日本の茨城県の海岸に現れた。このことが、山階鳥類研究所(千葉県我孫子市)の科学者によって確認された。それは、個体識別のため付けられたオレンジ色のリングにより明らかになった。このようなことが確認されたのは初めてだ。出生地から9,000km以上も離れた日本へのコアホウドリの壮大な飛行は、コロナ禍の私たちに希望を与えてくれた。特に日本とメキシコには、団結する機会を与え、今後の協業や責任を共有する力となるであろう。

写真提供:GECI / J.A. Soriano

グアダルーペ島 コアホウドリのコロニー
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アムールヒョウを救う /ef/midoripress2020/ja/topics/fromwinners/6128/ Wed, 30 Sep 2020 13:02:12 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6128

ユーリー・ダーマン

世界自然保護基金(WWF)ロシア シニアアドバイザー
2016年 The MIDORI Prize for Biodiversity 受賞者

頂点捕食者の保護は、生物多様性保全において最も困難な課題の一つだ。頂点捕食動物は、十分な獲物を確保する広い生息域と、人間に干渉されず繁殖できる安全な場所を必要とするからだ。人間は、家畜への被害を恐れて、頂点捕食者を攻撃する。

写真:Vasily Solkin/ アムールヒョウ

アムールヒョウ(Panthera pardus orientalis)は、地球上で最も希少な大型ネコ科の一種である。2000年には絶滅の危機に瀕し、生息域は40分の1に縮小、ロシア、北朝鮮、中国の国境付近で30頭まで減少した。2001年ウラジオストクで開催された国際会議で、科学者は遺伝子プールを保存し、将来自然に返せるよう飼育下で繁殖させるため、ヒョウの捕獲を提案した。私はWWFロシア・アムール支部長として、野生最後の個体群の保全のため、あらゆる手を尽くすと主張した。WWFは包括的プログラム「全ての生存個体を救う」を開始し、非政府組織、研究機関、地域住民、政府担当者が一丸となって活動してきた。

まずは密猟を阻止するため、特別な密猟防止部隊を編成した。それ以上に重要であったのは、地元の狩猟クラブとの協力であった。それはヒョウの捕獲は誇るものではなく、犯罪であり不名誉であることをハンターに理解してもらうためだ。大規模コミュニケーションプログラムは、ヒョウの生息地域の18の学校を含み行われ、子供たちを通して、彼らの両親へと広がった。毎年のヒョウフェスティバル、創作活動のコンテスト、各村のヒョウの保護活動が「ヒョウの国」というスローガンの下実施され、人々の行動をゆっくりと変えていった。

しかし、連邦レベルで、統一の大規模特別保護地域を創設し、十分な法的権限、組織力、経済的安定を備えて初めて、ヒョウの個体数回復の長期的持続が可能になると私は信じていた。このような国立公園は緻密に計画されたが、省庁間の対立、地元企業の抵抗、陸軍や国境警備隊の妨害など、多くの問題があった。しかし、ロシア大統領府のトップであるセルゲイ・イワノフ氏が、すべての矛盾、問題を克服することを可能にした。こうして、私の長年の夢であった「ヒョウの国」国立公園は、2012年2,620平方キロメートルの土地に設立された。連邦政府の管理下におかれ、緩衝地帯と自然保護区「ケドロバヤ・パッド」と合わせると、この保護区はロシア極東のヒョウの生息地の70%をカバーしている。

現在、アムールヒョウは絶滅の危機を脱したと言える。2001年以来その数は3倍になり、年間20頭以上の子どものヒョウが登録され、その生息域は中国と北朝鮮近くまで広がっている。また、ヒョウの保護は生態系全体の回復にもつながった。同時期に減っていた白頭山トラの個体数は12~14頭だったのが、35~40頭に増加、ヒグマが森林に戻り、野生有蹄動物数は最大に達した。大型の肉食動物や地元のハンターが必要とする数には、十分であろう。国立公園では、ジャコウジカとゴラルが再び観測されるに至った。ロシアにとっては新種となる韓国の水鹿も、繁殖している。約400種の鳥類、2,000種以上の維管束植物など、その他多くの動植物が、ヒョウ保護プログラムの下繁栄している。

写真:Alexey Titov /「ヒョウの国」でモニタリングを行う ダーマン氏
ロシアにおけるアムールヒョウの個体数の推移

保護区のフレキシブルな形態として、国立公園は、急速に発展しているエコツーリズム活動の価値に加えて、地域住民の伝統的な自然の活用の継続を可能にしている。アムールヒョウとアムールトラの個体数の増加は、中国東北部のこれらの希少なネコ科の繁殖をサポートし、ロシアとの国境沿いに巨大な国立公園を設立するに至った。

私の次の夢と仕事は、中露国境を越えた自然保護区「The Land of Big Cats」を設立し、今後、本物の世界遺産に発展させることだ。

中露国境を越えた自然保護区「The Land of Big Cats」
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食と生物多様性 /ef/midoripress2020/ja/topics/columns/6031/ Thu, 24 Sep 2020 11:49:22 +0000 /ef/midoripress2020/?p=6031
電通報_香坂先生お写真

香坂 玲

名古屋大学大学院 環境学研究科 教授

はじめに

和食が世界無形遺産に登録され、伝統的な食文化を保護・継承しようとする動きが活発化している日本において、いま、伝統野菜の生き残りをかけて闘っている人たちがいる。農地や生産量の拡大を図り、スケールのメリットを追いかける流れに逆らい、地域の特性を活かした昔ながらの野菜を守ろう、或いは希少性を逆手に高付加価値の産品として売り出そうとする取組みが全国で始まっている。

もともと地元で細々と生産されてきた伝統野菜は、全国的な知名度を誇る京野菜や加賀野菜などは例外的であり、大半は流通や消費が限られているのが実情だ。また、一言で伝統野菜といっても、生産開始が中世に遡るものもあれば、戦後に誕生したものもあるなど、何をもって伝統野菜とするかは各地バラバラで、定義は実に曖昧である。しかし、曖昧であるからこそ様々な取組みが可能という側面もあり、地域活性化の救世主となる可能性も秘めている。また、地域の特性を活かしながら生産され続けてきた伝統野菜は、生物多様性とも密接に関係している。筆者はそうした伝統野菜の可能性や実情を様々な観点から検討した「伝統野菜の今」(清水弘文堂書房)を2015年7月に上梓した。その中身について紹介する。

和食が世界遺産に

2013年、6月に富士山が世界文化遺産に登録されたのに続き、12月には和食が世界無形遺産に登録され、大きなニュースとなった。一方で、和食の登録を決定づけた提案理由についてはほとんど知られていないのではないか。

ユネスコに提出した申請書では、提案理由を以下のように述べている:

「和食」は、四季や地理的な多様性による「新鮮で多様な食材の使用」、「自然の美しさを表した盛りつけ」などといった特色を有しており、日本人が基礎としている「自然の尊重」という精神にのっとり、正月や田植え、収穫祭のような年中行事と密接に関係し、家族や地域コミュニティのメンバーとの結びつきを強めるという社会的慣習である

このように、単に料理そのもの、或いは盛り付けや飾り付けの技とか健康面での効用というよりも、四季や自然との関係、正月といった文化やコミュニティの行事のなかでの位置づけを強調している。従って、それぞれの地域の風土や景観のなかで、人の営みやコミュニティが自然と織りなしてきた文化としての価値を認められての登録であった。実はこの登録理由は、生物多様性がなぜ大切なのかという議論にも関係する。生物多様性も、単に多様な生き物がいればいいというものではなく、地域の風土で培われてきた生き物と、人の営みとのインターアクションが重要となる。

世界遺産登録の提案書には、和食を誰が守っていくのかという点についても触れているが、「草の根グループや学校の教員、料理のインストラクターも、フォーマル及びノンフォーマルな教育や実践を通じ、知識及び技術の伝承を担っている」と、フォーマル、インフォーマルという両方を含める形を取り、戦略的か無自覚か、曖昧にしている。しかし、フォーマルな登録がなされ、守っていく義務が課されたことで、逆説的に、どの時期、どの地域、どの範囲のものを守り、維持していくのかといった議論が今後は欠かせなくなっている。

 

世界遺産に限らず、地域ブランドの登録商標、地理的な産地証明といった制度の側は、「曖昧さ」「いい加減さ」といったゆらぎをなるべく少なくすべきと考えている。例えば、産地証明であれば、はっきりと地理的に区分したエリアのなかで生産されているものを登録し、追跡ができるようにしたい。ところが、実際には、エリアを曖昧にすることで参加できる生産者を多く確保しようとするケースもあれば、行政や農業団体が設定した区分ではエリアが実情より広すぎるとか途中で切れてしまうケースもままある。また、2015年6月に日本でも導入された「地理的表示の保護」の制度では、地理的な区分に加えて、品質、製造方法、祭事など使われる場面などの特定にも踏み込んで登録が行われる可能性が議論されている。なるべく客観的に測れる成分で登録の線引きをしたいのが制度側の論理となるだろうが、伝統野菜などではエリアから、製造方法、味や品質まで、客観的に線引きできるのかどうか疑問があり、伝統野菜の成り立ち、実情から必然的に生じるゆらぎに対して、制度の側も歩み寄る必要がありそうだ。

伝統野菜のこれから

ユネスコの世界遺産の他に、国際連合食糧農業機関(FAO)が環境や生物多様性を損なわない伝統的農業や農村文化の保全を目的として創設した世界農業遺産という制度があるが、2011年に「能登の里山里海」が登録された際、登録された後にこそ、派手でなくても遺産としてしっかりと残す覚悟と手立てが必要であるとの声が数多く聞かれた。メディアも含め「登録」をゴールにしがちであるが、登録後の日常、営みこそが遺産となっていくことを忘れてはならないだろう。

能登の千枚田

伝統

伝統野菜 やわらか源助大根(加賀野菜)

なぜ、今、伝統野菜に注目が集まるのか。農作物の大量生産ないしグローバル化への反発や不安なども根底にありそうだ。かつては高付加価値の特別だった商品がありふれた日用品へと変化してしまうことを「コモディティ化」と呼ぶが、大量生産の「コモディティ化」した野菜に飽き足らず、個性とかストーリーがあることを期待される伝統野菜。2013年に和食の世界無形文化遺産登録とも相まって、何か誇りを与え、感情的に訴えるものとして脚光を浴びている側面もありそうだ。

生物多様性の議論では、伝統野菜を含めた農作物の多様性を遺伝資源として扱い、商品としての農作物とは別の意味で、世界的に熱い視線が注がれている。遺伝資源の利益の配分を巡っては国家間で激しい論争が展開されているが、その一方で世界中から集めた種子を次々と北極圏の貯蔵庫に持ち込み、何か植物の疫病や気候の変化が起きた場合の備えの遺伝資源として保管する、「ノアの方舟」とも称せられるプロジェクトも進行している。

また、このままでは大量生産の波にのまれて消えてしまうかもしれない地域固有の在来品種や伝統的な加工食品を「味の箱舟」として認定し、地域の食の多様性を守るプロジェクトが国際的に展開実施されており、日本でも2014年現在、32品目が認定されている。グローバリゼーションや標準化に対抗する運動の一環であるが、やはり生物多様性の保全にもつながるプロジェクトとされている。

帰るべき場ではなく、自らを問う場としての伝統野菜へ

実際に伝統野菜を販売している場では、「何かスト―リーがあるはず」という期待とノスタルジアを満たすために、逆に伝統野菜というフレームを生み出している側面も窺える。勿論、地元の伝統野菜をつないでいくことを、何か利益や権限を得るためではなく、責任として捉え、細々とでも何とかつないでいる事例も多くあるが、伝統野菜という物語性ある作物を探し、或いは創造して販売している商業的な色彩の強い事例も相次いでいる。いずれ、「どの伝統野菜が本物か」という論争や小競り合いが本格化することさえも予測される。

伝統野菜 加賀太きゅうり

しかし、問うべきは、どの伝統野菜が本物で、どの伝統野菜が虚構なのかということではない。むしろ、なぜ、そこまで日本の消費者がストーリーを求めているのかという点だ。伝統という響きは、忙しなく駆け上がってきた「今、ここで」という喧噪から離れようとする、「いつか、どこかで」という憧れをもたらしているのかもしれない。そこで地域性やストーリー性を感じさせる伝統野菜に多くの人々の期待が高まり、伝統野菜の人気を後押しした面もあろう。ところが、伝統野菜の現場は、消費者がその語感から当初期待するほど牧歌性は帯びていない現実もあり、いまや、自家消費のため、後世のために続けていく従来の路線に加え、都市部での富裕層への販売を目指す路線も可能となっている。極端なことをいえば、自由貿易を通じてグローバル化の路線でさえも可能となるだろう。

仙台伝統野菜

しかし、伝統野菜を通して問うべきは、それが本物であるかどうかでもないように、その消費がどうあるべきかでもない。なぜ伝統野菜が自分にとって大切なのか、どのような農業、どのような社会を形作っていきたいのか、自らを問うことができるかどうかである。いま、伝統野菜に帰る場を求める力が、消費だけではなく、自らの価値を問うものへと脱皮ができるのかの分岐点でもある。

香坂 玲 (こうさか りょう)氏 プロフィール

名古屋大学大学院 環境学研究科 教授

東京大学農学部卒業。ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英国で修士、ドイツ・フライブルグ大学の環境森林学部で博士号取得。
2006年からカナダ・モントリオールの国連環境計画生物多様性条約事務局での勤務を経て、2008-2010年度までCOP10支援実行委員会アドバイザーを歴任。
2010年は、イオン環境財団が支援し、50カ国以上の若者が集った国際ユース会議などにも参画した。

近著に、「伝統野菜の今」(清水弘文堂書房 アサヒエコブックス)「生物多様性と私たち」(岩波ジュニア新書:国際ユース会議も報告)、「地域再生 逆境から生まれる新たな試み」(岩波ブックレット)、「農林漁業の産地ブランド戦略」(ぎょうせい)など

これまで生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services:IPBES) のアジア太平洋地域の報告書の調整役代表執筆者 (CLA) 、外部評価パネル委員、また政府代表団の一員として貢献している。野生種の持続可能な利用のレビューエディターと政策カタログの専門家も務める。また、生物模倣技術のISOの会議(TC266, WG4)にもコンビーナーとして参画している(1期2018-2020,  2期2021-2023)。Future Earth関連の国際連携にも積極的に参画し、2020年10月からは、連携会員(環境学)として日本学術会議にも貢献している。

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