English

生物多様性コラム

生物多様性と気候変動

アルフレッド・A・オテング=イエボア
ガーナ生物多様性委員会 議長、ガーナ大学基礎応用科学部植物学科 教授
2014年 The MIDORI Prize for Biodiversity 受賞者

 

要旨

 

生物多様性と気候変動との相互関係が研究されている。この研究において、生物多様性はUNCCD(砂漠化対処条約)、UNCBD(生物多様性条約)、UNFCCC(気候変動枠組条約)からなるリオ3条約の中心にあり、生物多様性の保全と持続可能な利用によって、砂漠化と気候変動の解決策が見出されることが明確になりつつある。

 

 

はじめに

 

この論説では、いくつかの問いかけとそれに対する回答を示している。これらの回答が、生物多様性と気候変動との相互関係に関する基本的な問いについての理解を深めるうえで役立つものとなれば幸いである。

 

 

生物多様性および気象学の研究者の間での共通認識とは何か?

 

生物多様性については、ただならぬペースで生物多様性が失われつつあるというのが共通認識である。そのため、種の総数や生態系内および生態系にまたがる種の集団について、世界規模または地域規模の明確な状況を完全に把握することが不可能になっている。また、これらの種の生息地の特徴や果たしている役割を評価することも不可能になっている。
気候変動については、それが紛れもない現実であり、世界の国々は、これまで慣れていた気候パターンの漸進的または急激な変化に直面しているというのが共通認識である。気温の極端な上昇が豪雨、干ばつ、その他の異常な環境変動をもたらし、そのために持続可能な開発と人間の福祉に影響を及ぼしているという事例が現れている。2015年が観測史上最も暑い年になるだろうという最新の観測や、太平洋の水温が上昇し続けているという事実に、人々は襟を正すべきである。

 

 

彼らのこうした共通認識は何に基づいているのか?

 

科学が政策に影響を及ぼす以上、生物多様性や気象の研究者等、科学者は社会に対し、生物多様性の喪失による社会的、経済的、環境的帰結と気候変動の影響について、人間の福祉にとって有害な問題として情報を伝え、啓発する義務がある。そうすることにより、科学者はよりよい暮らしに貢献できる。また政策立案者や意思決定者に対し十分な認識を持つよう促すことも科学者の義務である。生物多様性は何によって失われるのかを理解することが、生物多様性と生態系に対する気候変動の影響を削減する、あるいは問題の根源を完全に取り除く計画、プログラム、プロジェクトを盛り込んだ政策への取り組みや策定につながるのである。

 

 

こうした現象に対し、一般の人々と政府はどのように反応しているか?

 

こうした現象に対する一般の人々の反応は早いが、政府の反応は遅い。一般の人々は、生物多様性や生態系サービスの利用から派生する利益に生活を依存しているため、急速に影響を受ける。気候変動はすべてを一変し、人々の希望が失われた。一般の人々という言葉には、環境から直に得られたものだけに生活を頼り、自分の周囲にある遺伝資源に食料、燃料、健康、資金源を依存して生きている人々も含まれる。そのような人々の多くは、気候変動の影響による干ばつ、病虫害の出現、十分な労働力の欠如がもたらす収穫不良のため、家計のやりくりができなくなり、生活が悲惨なものとなっている。

地震、津波、火災、洪水などの天災でもない限り、政府の対応は遅い。それには、行政サービス間の調整の欠如、監視や評価を行う有能な監視チームの不在といった、いくつかの理由がある。政府が対策を講じた時には、すでに多大な損害が生じていることもある。政府は大抵、この段階になってようやく目を覚まし、国際的な取り組みを呼びかける。それによって政府間協力のプロセスが開始されるのである。

 

 

生物多様性および気候変動の問題に対する政府の取り組みの歴史

 

1987年から現在まで、各国政府は、貧困、飢餓、小児死亡率、母体健康、環境悪化など、生物多様性の問題に起因する世界の開発課題への解決策を見出すため、次々に取り組みを行ってきた。「Our Common Future」は1989年の成果であり、持続可能な開発の原則「アジェンダ21」の策定にもつながった。1992年6月の「環境と開発に関する国連会議」は、通常「リオ3条約」と呼ばれるUNCCD、UNCBD、UNFCCCを締結して終わった。 これらは、それぞれ砂漠化、生物多様性、気候変動の分野においてアジェンダ21の環境に関する側面を促進するものである。いずれの条約も締約国およびCOP(締約国会議)を備えていたが、すでにIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が設置されており、地球温暖化の原因として特定されている二酸化炭素およびその他の温室効果ガス(GHG)の排出に関するタイムリーな科学的助言を提供していた。ようやく気候変動効果の理由が理解され、各国政府には、これらのガスの排出量を削減するよう勧告がなされた。二酸化炭素およびその他のGHGの排出量をいかに削減するかが各国政府の懸案となり、様々な交渉が行われた。締約国のうち、国内産業によってより多くの温室効果ガスを排出している最先進国が、排出量削減のターゲットとなった(京都議定書)。京都議定書は、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に基づく国際条約であり、国際的に拘束力のある排出量削減目標を設定することにより締約国に約束を遵守させるものである。大気中への温室効果ガス(GHG)排出量が現在のような高い水準にあるのは、先進国の責任が大きい。このことが150年以上にわたる産業活動の結果であるという認識により、京都議定書では「共通だが差異のある責任」の原則に基づいて、先進国に対しより重い負担を課している。京都議定書は、1997年12月11日に京都において採択され、2005年2月16日に発効した。議定書の実施細則は、2001年にモロッコのマラケシュで開かれたCOP7で採択されており、「マラケシュ合意」と呼ばれている。京都議定書第一約束期間は2008年に始まり、2012年に終了した。2012年の「ドーハ合意」では、京都議定書附属書I国に対し更なる約束が定められ、これらの国は2013年1月1日から2020年12月31日までの第二約束期間における約束の遵守に同意した。また、第二約束期間に締約国が報告するべき温室効果ガス(GHG)のリストが改訂されたほか、京都議定書のうち第一約束期間について具体的な課題を記しており、第二約束期間に向けて改訂する必要があるいくつかの条項が修正された。

 

締約国のうち途上国においては、炭素を貯留する森林が伐採され、そのために自然の炭素吸着源が減少している。時には他の土地利用のために森林伐採が無差別に行われていることから、森林減少および劣化を防ぐことが求められた(REDD「森林減少・劣化からの温室効果ガス排出削減」)。また、途上国における森林減少および森林劣化による排出を削減するための適切な計画およびプログラム(REDD+)が策定された。

 

 

各国政府の努力によって、気候変動と生物多様性喪失の問題は相互に強く関連付けられている。国連は、政府間会合である「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(WSSD)を開催した。ここで採択された実施計画は、「リオ+10」を記念して「ミレニアム開発目標」(MDGs)を導入し、気候変動および生物多様性喪失の脅威に取り組むグローバルアジェンダを設定している。2012年にリオデジャネイロで開催された直近の国際会議、通称「リオ+20」は、「アジェンダ21」の理念を再確認し、それを成果文書「the Future we want」にまとめた。これは、間近に迫る2015年以降の新たな開発アジェンダを考えるものとしてMDGsの評価に特に着目しており、気候変動による影響および生物多様性喪失に対する解決策を示したものと言える。その後、期限となる2015年9月末を目前に新たな17の目標からなるグローバルアジェンダが国連総会(UNGA)で採択され、2016年1月から施行されることとなった。これが「持続可能な開発目標」(SDGs)である。これは、人間の福祉に重点を置き、人間行動(社会)、生存のための人間活動(経済)、環境と人間の相互作用(これには、生態系サービスの再生・蘇生・回復を促す生物物理学的要素、特に生物多様性が含まれる)のバランスを確保する必要があることを訴えるものである。

 

 

生物多様性の観点から見ると、「生物多様性戦略計画2011-2020及び愛知目標」の合意という点で多大な努力がなされてきた(CBD, 2014)。愛知目標は20項目からなり、2050年までに生物多様性の喪失を止めるというグローバルビジョンに向けて、いずれの項目も2020年までの達成を目指している。現時点における生物多様性喪失の規模に対する評価はなされていない。民間団体の支援を受けて各国政府が取り組みを行い、2012年にIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)が誕生したことは、注目に値する。IPBESは、評価、入手可能な情報の活用、生物多様性に関連する合意の支援を行うための生物多様性プラットフォームである。IPBESの4つの主要機能は、政策立案者が必要とする科学情報へのアクセスを促進し、必要な場合には新たな知識の創出を推進および促進すること; 必要に応じて世界規模、地域規模、小地域規模、および主題ごとのアセスメントを提供すると同時に、国レベルのアセスメントも推進および促進すること; アセスメントの結果がより効果的に活用されるよう、政策支援ツールおよび手法の開発および利用を促進すること; 科学政策のインターフェイスを適切な水準まで向上させるための能力構築ニーズを特定し、優先順位をつけ、その活動に直接関係する最も優先順位の高いニーズに取り組むために必要な資源へのアクセスを提供し、要請し、促進することである(UNEP/IPBES MI/2/9)。

 

 

生物多様性と気候変動:これら2つの現象の何がそれほど重要なのか?

 

生物多様性は、個体が個体群を形成し、生息地に住み、生態系の部分を構成し、分類上、植物、動物、その他の生物の属および科にまとめられる「種」という形で見られるものである。個体の基本要素は、遺伝子構成であり、これこそが、食料や農業に利用される遺伝資源を構成している。これらは、食料安全保障、栄養、生計、そして環境による恩恵の提供においてきわめて重要な役割を果たしており、生産システムにおける持続可能性、回復力、適応力の重要な要素である。また、作物、家畜、水棲生物、森の木々が様々な厳しい条件に耐える能力を支えている。遺伝的多様性のおかげで、植物、動物、および微生物は、環境が変化しても適応し、生き残ることができる(FAO, 2015)。気候変動は、こうした食料および農業のための世界の遺伝資源管理に新たな課題をもたらすものであると同時に、遺伝資源の重要性を強調するものでもある。

 

 

生物多様性と気候変動:これら2つの現象をどのように理解するべきか?

 

生物多様性、気候変動、砂漠化および/または水質劣化の間には、相互に作用する結び付きがある。これらは、生産システムにおける持続可能性、回復力、適応力の要素であるがゆえに、作物、家畜、水棲生物、森の木々が様々な厳しい条件に耐える能力を支えている。そのため、気候変動や人間活動によりもたらされた砂漠化は、保全によって修復されうる。気候変動が生態系に及ぼす影響に対抗する手段としての「適応力」という概念(Bedmar et al, 2015)は、生物多様性の存在に大きく依存している。「気候変動対応型農業」(CSA)という概念は、基本的に生物多様性の保全と持続可能な利用を念頭に置いたものである。

 

 

私たちひとりひとりに、何ができるだろうか?

 

生物多様性の喪失および気候変動の問題は、すべての人にとっての問題である。気候変動は、多様な作物の栽培に適した土地面積を減少させており、今後もそうあることがわかっている。研究によれば、全般的に耕作面積の喪失に向かう傾向が見られ、特にサハラ以南アフリカではそれが顕著である。また、気候変動は様々な形で生態系動態に影響を及ぼすことが知られているが、実際にそうした影響がみられている。起こりうる影響としては、作物の開花時期と受粉媒介者の存在時期の不一致、侵入外来種、病害虫、寄生虫にとって好都合な状況の拡大などがある。その結果、生態系の変化に伴って病原媒介者の分布や個体数にも影響が及び、作物や家畜における多くの病気の疫学にも影響が現れてくるだろう(FAO, 2015)。

 

 

参考文献

 

Bedmar VA, Halewood M, Lopez Noriega I. 2015. Agricultural biodiversity in climate change
adaptation planning: an analysis of the National Adaptation Programmes of Action. CCAFS Working Paper no. 95. CGIAR Research Program on Climate Change, Agriculture and Food Security (CCAFS). Copenhagen, Denmark. Available online at: www.ccafs.cgiar.org

 

CBD. 2014. Global Biodiversity Outlook 4 — Summary and Conclusions. Secretariat of the Convention on Biological Diversity. Montréal, 20 pages

 

FAO. 2015. Coping with climate change – the roles of genetic resources for food and agriculture. Rome

 

 

アルフレッド・オテング=イエボア氏 プロフィール

 

世界レベルでの生物多様性政策の推進役として、アルフレッド・オテング=イエボア博士は、生物多様性を世界的な政治の議題とするためのメカニズム確立に貢献してきた。博士は、生物多様性に関する国際的科学機構(IMoSEB)の共同議長を務め、2005年以来、生物多様性と生態系サービスのための科学と政策のインターフェイスの確立を目指す、世界的な議論のプロセスで重要な役割を果たしてきた。「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)」の設立に際しては、IPBESの第1回~第3回会合に向けた国連環境計画の国際計画会議メンバーとして活動し、第1回、第2回会合の共同議長を、第3回会合では副議長を務めた。2014年2月3日、ニューヨークで開催された国連総会、持続可能な開発目標ワーキング・グループ第8セッションでは、IPBESの功績を総括し、「生命維持システム(life supporting system)」の重要性を訴えた。

 

また、2010年までに世界的な生物多様性の損失を実質的に削減するための戦略目標策定に向け、科学技術助言補助機関(SBSTTA)第9回、第10回会合 議長として機関の運営にあたった。博士はSBSTTA、COPで、バイオ燃料、SATOYAMAイニシアティブと持続可能な利用、森林、国家管轄権外海域、世界分類学イニシアティブ、キャパシティ・ビルディング、保護地域等、様々なグループ会議の議長を務めた。

 

また、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約、CITES)」の副議長として、戦略ビジョンを起草、この案文は第54回会合において採択されている。「移動性野生動物種の保全に関する条約(CMS)」科学協議会では、アフリカを代表して発言。移動性野生動物種の飛路を確保するためには、科学的助言が欠かせないと述べた。UNESCO生物圏保護区国際諮問委員会メンバーとして3年間の任期を務め、新たな生物圏保護区の設立に関し支援を行った。さらに、ミレニアム生態系評価(MA)の委員を務め、世界の生態系資源に関する評価報告書の作成に貢献するなど、生物多様性関連の国際メカニズムにおける博士の貢献は甚大である。

 

現在は、ガーナ生物多様性委員会 議長、SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)運営委員会 議長として、生物多様性の持続可能な利用促進に貢献している。

 

世界的な視点をもって、科学と政策のインターフェイスとしての役割を務めてこられた博士の存在は、アフリカの若い人々に影響を与えているだけでなく、世界の他の地域の人々、とりわけ、生物多様性の国際交渉に加わり始めたばかりの人々にも大きな影響を与え続けている。

English