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リレーコラム

生物多様性に興味をもったきっかけ

(1) 生物多様性に興味をもったきっかけ

岩槻邦男
兵庫県立人と自然の博物館名誉館長、東京大学名誉教授

終戦直後、奥丹波の山村で、設立直後ですべてが試行錯誤の状態にあった新制中学校に入学し、生徒の立場でクラブ活動つくりに携わった。そこで、地域に生きる生き物の多様性にかかわる活動を始め、結局それが後に生物学を専攻する道につながった。

 

 わたしが研究生活を始めた頃、普遍的な原理の解明に一途に突き進む生物学の世界では、生命が演じる現象の解析に集中していた。そんな中で、生命を統合的に理解するためには、生き物が多様なすがたを描き出している事実にどう向き合うべきかを問題として捉え、多様性の生物学を志向するようになった。

 

 20世紀末になって、地球環境問題の一環として、生物多様性の劣化が問題視されるようになった。生物多様性の研究者として、社会的な緊急の課題を無視することはできず、問題点の指摘や対応策の構築について、保全生物学領域の活動にも参画した。

 

 生物多様性に興味をもち始めたのは、科学的好奇心の赴くままに、だった。生物多様性は、生きているとはどういうことかを解明するための最重要課題のひとつである。ただし、時代に翻弄されて、だろうか、生物多様性が危機に直面している現実から目を逸らすことはできず、科学の世界で学んだことを社会でどのように生かすべきか、科学のための科学から始まった活動を、社会のための科学として生かす活動にも参画するようになったと振り返る。

(2) 生物多様性に興味をもったきっかけ

ボ・クイ
ベトナム国家大学ハノイ校自然資源管理・環境研究センター名誉総長

森の中で鳥を見ていたことは、私の少年時代の初めての思い出のひとつである。村にあった森は、私にとって自然界の不思議にあふれる場所であった。私は食べられる果実のなる木をよく知っていたし、鳥に餌を与える木がどれなのかもよく知っていた。蜂に刺されたり、ムカデやサソリに咬まれたりしたときに応急処置を施せる木の葉や植物、草のことも知っていた。私は、静かに森の中を歩き、鳥の歌声を聴き、鳥が巣作りをしたり、幼鳥に餌をやったりするのを見るのが大好きだった。藪の中に何時間も隠れては、つがいのヒヨドリが巣作りするのを最初から最後まで見ていた。鳥の巣作りはとても情緒的で、生命と幸福感にあふれていて、-あらゆる人が鳥の巣作りを見ることさえできたら、私達を魅了してくれるこの鳥たちに畏敬の念を抱き美しさを感じることができるだろうに-と思ったものだ。この長くて素晴らしい時間が、私を鳥類学者・自然保護論者に培ってくれたといえるだろう。

(3) 生物多様性に興味を持ったきっかけ

ロドリゴ・ガメス=ロボ
コスタリカ生物多様性研究所(インビオ)代表

子供というのは生まれながらの探求者でありナチュラリストである。このことには、科学者も教育者も同意するところだ。また我々人類は、生まれながらにして自然に魅力を感じている。これこそまさに、かつて一人の子どもであった 私の個人的な認識である。

 

私はコスタリカの地方都市で生まれ育った。その町はコーヒーのプランテーション農場に囲まれたところで、牧畜農場や酪農場があり、森や川も近くにあった。私の子ども時代や青春時代の楽しい思い出のほとんどは、果実を摘んだり、川で泳いだり、馬に乗ったり、木に登ったり、山や浜辺でキャンプしたことなど、田舎でのちょっとした冒険や小旅行に関係したものだ。言い換えれば、様々な方法で自然に親しんだということである。

 

ボーイスカウトとして過ごした数年間には、アウトドア・ライフについてよりきちんとした形で実践的な経験を積み、自然と人間の両方に関する理念や価値観を学ぶことができた。読書による刺激もあった。フィールド・ガイドや自然についての本だけでなく、「ロビンソン・クルーソー」や「海底2万マイル」といった本が私のお気に入りだった。

(4) 生物多様性に興味を持ったきっかけ

フアン・カルロス・カスティーリャ
チリ カトリカ大学生態学部 教授

私は生物多様性に2つの側面から関心を抱いた。ひとつめは、多毛類(海洋虫)の分類学者であった若い頃の経歴に遡る。

生きている海洋虫(化石でないもの)の種類が12000種以上あるということは私にとって大きな驚きだった。海洋虫の生物多様性は数の上で甚大なだけではない。美しく、関心をかきたてる不思議なものなのである。

進化は海洋虫の多様性に関連がある。私は10年間にわたる海洋虫群の研究を行い、チリにおける多毛類動物相の理解に努めた。海洋虫のことなんて、誰が気にするだろうか・・? 多くの人は気にしないだろう。しかし私は大いに関心を抱いたのである。虫には脊椎動物のような「動物の権利*」がない。私たちは生物多様性の真の意味についてより慎重に深く考察しなければならない。

 

それから後、私はキャリアを積み、機能的生物多様性**が生物多様性と人間の福利(幸福と利益)をつなぐカギとなることに気付いた。

以来私は、地球上における人間の福利の改善に貢献できればと考えている。生物多様性とは、生物種の数にとどまるものではない。しかし多くの人は生物多様性とは生物種の数のことだと考えているのだ。生物多様性について考察するとき、カギとなるのは機能性である。機能性とは容易なテーマではない。むしろ、包括的で倫理的な位置づけのテーマである。生物多様性は非常に複雑で科学的にも社会的にもほとんど理解が進んでいないテーマのひとつなのだ。

私は、生物多様性について、いわば「ABC」のような初歩的なところから考えてみる、そんなキャンペーン(Biodiversity-Alphabetizing-Campaign)からスタートしてみてはどうかと考えている。私たちは柔軟(動的)で機能的な視点から生物多様性を理解する必要がある。また生物多様性と人間の福利の関係についての理解を深めねばならない。The MIDORI Prizeは、私、そして現代にとっての重大事のひとつである「生物多様性の橋渡し」という大いなる挑戦に貢献しうるものなのである。

 

 

*動物の権利…動物には人間から搾取されたり残虐な扱いを受けたりすることなく、それぞれの動物の本性に従って生きる権利があるとする考え方。

**機能的生物多様性…農業は様々な生態系サービスの恩恵を受けて成り立っており,その中には、害虫防除や花粉媒介、有機物分解等がある。これらの生態系サービスは,それぞれ類似した機能をもつ生物群である機能群(functional group)によってもたらされる。そのような機能群の多様性は,機能的生物多様性(functional biodiversity)と呼ばれる。

 

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