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風呂敷

 

風呂敷ひとつの“器”を、くらしの中の複数の用途に使えるように工夫された器を“一器多用”といいますが、日本には、この一器多用な生活用品が数多くあります。例えば、“箸”。ナイフ、フォーク、スプーンが、切る、刺す、すくうという単一の機能に特化しているのに対して、“箸”は、切る、刺す、すくうに加え、つかむ、はさむ、押さえる、混ぜるなど、実に様々なことを一膳でかなえることができます。食に関連したものでは、“包丁”も、様々な調理作業を一本でまかなえる多用途な道具です。そして、一枚の布でありながら、包み方や結び方を工夫することで、四角いものはもちろん、リンゴやスイカなどの丸いものからワインや日本酒の瓶など、形や大きさにかかわらず、美しく包んで持ち運べるようにする「風呂敷」もまた、日本の伝統的な“一器多用”な生活用品のひとつです。

 

布でものを包む習慣はかなり古くからあり、いまから約1200年前、奈良時代に衣服を包んだ布が正倉院に残っています。このものを包む布が、「風呂敷」と呼ばれるようになったのは、江戸時代以降のことだといわれています。銭湯の普及とともに、入浴の際、他人の着物と取り違えないように布で包み、その布を床に敷いて足を拭き、その布の上で身繕いをしたため、“風呂で敷く布”は、文字通り「風呂敷」と名付けられたのでした。またこの時期、商人が商品を運ぶ際の運搬道具として用いられたり、旅人が荷をまとめる際に使われたり、婚礼の際に嫁入り道具を包む布として用いられたり。「風呂敷」は、日常から儀礼的な場面まで、人々の暮らしに深くかかわる生活用品として普及していったのです。

 

暮らしに欠かせない布として、江戸以降、明治、大正、昭和と活躍してきた「風呂敷」ですが、日本にスーパーマーケットが登場した昭和の中期以降、暮らしの表舞台から姿を消していきます。その理由は、レジで紙袋やビニール袋が無料で手渡されたため、それまで買い物の際に使われていた「風呂敷」の必要性が薄れてしまったからです。大量消費、使い捨ての風潮が浸透し、「風呂敷」が毎日の暮らしの場から忘れ去られていくとともに、それまで日本人の暮らしに根付いていた、ものを大切にする心、“もったいない”という考え方も人々の記憶から消えてしまっていったかのようでした。

 

ところが近年、地球にやさしいエコな暮らし方が声高に叫ばれる中、何度も繰り返し使える「風呂敷」は再び注目を集めています。「風呂敷」のエコな効用を、“風が吹くと桶屋が儲かる”の諺にならって喩えると、「風呂敷が増えると、生物多様性を維持できる」とでもいうことができるのではないでしょうか。つまり、こうです。①風呂敷を使う人が増えると、毎日の買い物でレジ袋を使わなくなる。②レジ袋を使わなくなると、その原料となる化石燃料である石油を節約できる。③またレジ袋を使わなくなると、年間で60万トンともいわれているゴミを減らせる。④ゴミが減ると、焼却時のC02排出も抑えられる。⑤CO2排出が減ると、地球温暖化を抑制できる。⑥地球温暖化を抑制できると、生物多様性を維持できる、というわけです。

 

しかし残念ながら「風呂敷」を普段街で目にする機会は、あまり多いとはいえません。包むものに合わせて変幻自在に対応できる融通性、使わないときにはコンパクトに折り畳んで持ち運べる携帯性、用途や季節に合わせて選べる豊富なカラーとデザインバリエーションなど、「風呂敷」は、多彩な機能性とラッピングとしての美しさを兼ね備えたうえに、地球環境、生物多様性にも貢献する、まさに“一器多用”な生活用品です。ゴミの削減、もったいない精神を象徴するシンボルとして、「風呂敷」をもっと積極的に毎日の暮らしの中に取り入れていくことを実践してみてもいいのではないでしょうか。

 

(沼田 充)

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