財務担当からのメッセージ

事業ポートフォリオの最適化とグループインフラへの投資により資本効率を改善し、持続的な企業価値向上を図る

業績概要

 2024年2月期は、インフレや世界的な政情不安で先行きへの不透明感が継続したなか、イオンは中期経営計画(以下、中計)で掲げた5つの変革を着実に進めました。

 GMS、SM、DS、ヘルス&ウエルネス、国際の各事業セグメントで構成する小売事業では、PBのトップバリュを戦略の中心に据えた商品の改革やDXによる生産性向上、収益構造改革に取り組み、大幅な増益となりました。その結果、連結業績は、営業収益が9兆5,535億円、営業利益は410億円の大幅増益で2,508億円に達し、経常利益とともに過去最高を更新しました。コロナ関連需要が剥落したヘルス&ウエルネス事業が減益となったものの、小売事業の営業利益が全体の52.4%となり、中計目標の52%を上回りました。インフレや少子高齢化などのさまざまな要因で、外部環境は厳しさを増す一方です。そのなかで小売事業の収益力の改善が進捗したのは、グループ企業各社の自主自立の原則・方針を維持しながらも経営資源の配分に留意し、PBの拡販や物流におけるスケールメリットの活用などを進めたことによります。一方で、これまでグループ業績を牽引してきた総合金融事業とディベロッパー事業では業績回復の遅れが見られ、ポストコロナ期における人々の「モノからコトへ」の行動変容やマクロ環境の変化への対応が課題と考えています。

 2025年2月期第1四半期は、新型コロナウイルス感染症の5類移行後のペントアップ需要が収益を支えた前期とは消費意欲の様相が異なりました。実質賃金のマイナスが長期化し、お客さまの節約志向が高まるなか、環境の変化を的確に捉えて、営業利益は過去最高となりました。価格に訴求してシェアを確保する戦略が荒利に影響し、営業利益、経常利益は、想定線よりやや下振れしたものの、過去最高を更新した前年同期に次ぐ水準で着地できました。

財務・経営管理担当の職責

 自らの主たる職責は、財務リスクの最小化を図り、持続的な資金調達と資金効率の向上を進めて、グループの一貫した戦略執行をサポートすることだと考えています。戦略・数値計画の策定にあたっては、将来のあるべき姿を見据えたバックキャスト・革新志向で対応し、非現実的な内容にならないように施策の具体化とKPI設定を行い、PDCAサイクルを構築しています。特に、イオン・マネジメントコミッティや取締役会においては、キャッシュ・フローやB/Sの変化を見極め、時には戦略・計画の機動的な修正・見直しを提言して長期的な企業価値向上につなげることに努めています。現場重視、お客さま重視の当社では意思決定の場でもお客さまや地域社会に対する貢献が判断軸となりますが、私はビジネスとしての視点やグループ全体の成長の観点から見てどうなのか、数字を基点とした意見具申を行っています。社外取締役が過半を構成する取締役会では、議論を深めるためのアラートを発信することを心がけています。

 グループの事業や展開地域が広がった結果、持株会社の業務は高度化しています。組織目標・方針を共有して連携を密にしたうえで、組織や業務の重複を排して効率化に努めるほか、外部から専門人材を採用するなどイオンピープルの多様性にも留意しています。

投資計画と判断基準

 現中計期間中、営業利益+減価償却費+のれん償却額-法人税等で定義している簡易営業キャッシュ・フローは、中計期間の年度平均設備投資水準である4,000~4,500億円を上回る見通しです。現中計での投資配分については、前中計比でデジタル・物流投資は16%から35%、海外店舗投資は13%から25%へと構成比を高め、残る40%を国内店舗投資としています。 海外での出店に係る許認可の遅れやコロナの影響により現中計前半の投資が計画を下回ったことから、2024年度の投資は金額で5,000~5,500億円へと増額しています。構成比では国内店舗50%、海外店舗25%、 デジタル・物流25%を見込んでいます。Green Beansを中心としたECや、グループ各社の収益性・効率性・生産性を向上させるインフラであるデジタル・IT・物流に、資金配分を最優先する考えです。

 グループインフラはそれ自体で価値を創出できるものではなく、事業会社のMD戦略・計画や店舗オペレーションと整合させ、各社の戦略・戦術・施策にまで落とし込んで初めて最大限の効果を発揮します。そのため、インフラを担う機能会社はグループのスケールやニーズ、最新の技術・知見・トレンドを十分踏まえたうえで全体設計・提案を行い、イオングループならではの差別化されたインフラ構築を責務としています。

 ITに関してはコロナ下においてレジ周りなど小売のフロント業務中心に投資してきましたが、今後はバックオフィス、あるいは従業員のより良い働き方の実現に資する投資を強化したいと考えています。ITと物流は今後のグループの最重要経営課題と認識しており、現中計以降もさらなる投資増額が見込まれます。

 投資判断や経営管理においては、事業別のROICに着目しています。事業セグメントが多様でセグメント内の企業数も多いため、精緻な事業別ROICの開示には至っていませんが、大まかにいえば、ディスカウントストア事業とヘルス&ウエルネス事業の資本効率が高くなっています。国際事業はアセアンと中国では様相が異なり、残る5事業(GMS 、SM 、総合金融、ディベロッパー、サービス・専門店)は目立った差がありません。従って、国内投資の中心は都市型の小型店舗やディスカウントストア、ドラッグストアであり、そのほかの店舗への投資は、新規出店からスクラップ&ビルドを含め、人口動態を踏まえた既存店舗資産の活用や価値向上にシフトさせます。海外のモールの開発は、アセアンに加え、中国では内陸部を中心として投資を継続します。

 資本投下やM&Aの際の最も重要な判断材料はグループにもたらされるシナジーであるため、定量的な判断指標をひとつだけ挙げることはできません。現在の収益状況に関わらず、全ての土台となる小売事業との関連性を見て新規投資を判断しています。

資金調達

 堅調な連結キャッシュ・フロー創出力を背景に、当社の足許の信用格付は上昇傾向にあります。格付は調達金利に加えて資金調達余力の大小に直結するため、日本格付研究所(JCR)でA、格付投資情報センター(R&I)でA-、Standard & Poorʼs(S&P)でBBBという現状水準からの格上げを目指すべく、財務体質の改善を進める考えです。当社グループの有利子負債調達は大部分が日本円なので、今のところ急激な金利上昇の影響はありません。さらに、7割程度が長期の固定金利のため、円金利上昇の影響は限定的です。また、当社の有利子負債比率は高く、結果として資本コスト(WACC)を3%程度まで抑制しています。投下資本利益率(ROIC)は3.9 %(2024年2月期) とWACCを上回ることから、効率的な資本構成の下で企業価値が向上していると捉えています。

 2023年8月に続いて今年6月にも発行したサステナビリティ・リンク・ボンド(SLB)は、持続可能な社会に対する取り組みや目標設定(SPT)に対して、投資家から高い評価をいただいています。今や社債市場におけるESG関連債のシェアは大きく増加していますが、先駆的かつ先進的に環境対応や社会貢献事業に取り組んでいる当社は、資金調達面でのアドバンテージを有すると考えます。

 イオンは、お客さまとともに「持続可能な社会の実現」を目指す考えのもと、2018 年に策定した「イオン脱炭素ビジョン」に基づき、省エネ・創エネの両面から店舗で排出する温室効果ガスを総量でゼロにする目標を立てています。その実現に向け、省エネ設備の導入、イオンの店舗や駐車場を活用した太陽光パネルの設置などにより、再生可能エネルギー活用を推進しています。CO2以外にもプラスチックのリサイクルやフードロス、廃油の削減などに取り組んでおり、一般消費者を巻き込んだ KPIやSPTを設定できることが、資金調達面からもサステナビリティに貢献できるイオンの強みです。

収益性とグループ経営方針

 プライム市場の平均を上回るPER、PBRからは当社の成長に対する投資家のご期待を感じますが、4.4%(2024年2月期)にとどまるROEは大きな課題として捉えています。投資家からは、利益率の改善はもとより、親会社に帰属する当期純利益を直ちに拡大する方策を執るのが望ましい、具体的には、グループ企業を全て100%子会社として少数株主への利益流出を止めるべき、多額の減損損失計上に手を打つべき、といった意見を多くいただきます。

 ROEをレバレッジ、資産効率、収益性に分けて考えるなら、当社のレバレッジは東証プライム上場企業の平均3.44倍(2024年3月末)と比較してプラスに効いています。既報のドラッグストア業界再編に鑑みると、この先2年や3年で有利子負債残高を減らすことはハードルが高いものの、有利子負債/EBITDA2.5倍を目指し、規律ある財務運営のもと、中長期での削減は進めていく考えです。当社の資産回転率についても、金融事業をグループ内に抱えることから一概には論じにくいものの、適正水準と考えています。しかしながら、課題が収益性にあることは否めません。持株会社として業績不振の子会社には有形無形のサポートを行っており、改善の兆しはあるものの、業績の回復は道半ばの状況です。

 親子上場に係るご指摘について、まずイオンには、子会社が自主自立精神に基づいて運営する根源的な考え方があります。子会社上場の意義として最も重要な点は、資本市場からの規律による経営の質の向上です。上場企業には、財務報告に係る内部統制の整備および運用の責任が求められるため、高度なガバナンス体制が構築されます。他にも、当社と上場子会社間をはじめとするグループ内シナジーの拡大、知名度や信用力の向上および当社からの独立性に基づく自律的および機動的な意思決定の確保や取引先の拡大、上場子会社に対する当社の資金負担の軽減、そして従業員のモチベーション維持・向上や優秀な人材の確保が、上場のもたらす効果として挙げられます。グループ会社独自の資金調達も、同企業の自助努力による財務力向上や、資本市場・金融機関による直接的な経営監督といったメリットが大きいと感じています。

 当社は、上場子会社の独立性に関しては、当社と上場子会社の一般株主との間に利益相反リスクが存在することを踏まえ、独立社外取締役の選任や独立役員による諮問委員会の設置を要請し、上場子会社の少数株主保護を図っています。イオンフィナンシャルサービス(株)、イオンモール(株)、イオンディライト(株)、 (株)イオンファンタジーなどに代表される当社の主要グループ子会社は、上場企業としてのメリットを最大限享受しながら、小売事業との連携を通じ、グループの企業価値の向上に貢献しています。

 一方で、特別損失に多額の減損を計上することによるROEの毀損は早急に対策を取るべき課題です。減損については、年数を重ねた店舗の業績が計画通り進捗していないことが要因となりますが、現中計とその先においては、人口動態を踏まえ、新規出店に加え、古い店舗や競争力を失ってきた店舗の活性化投資に重点を置き、お客さまの買物体験を充実させてまいります。結果として毎期50-100億円ずつ減損損失を縮小しながら、2024年2月期水準からの半減を目指します。

株式上場50周年を迎えて

 2024年、イオン(株)は株式上場50周年を迎えました。当社は極めて多くの個人株主にお支えいただいています。本年は、個人投資家とのコミュニケーションを活性化させる考えです。また、私自身も株主懇談会に出席するなど、常に個人投資家の視点を大切にしています。お買い上げ金額の一部を返金する株主優待制度には、機関投資家からの厳しいご意見もありますが、「お客さま株主」の考えのもと、販売促進を兼ねて事業面の応援をいただく方向性は経営方針と一致しており、この先も継続する考えです。また、1株当たり年間配当金については前年以上を維持しつつ、連結配当性向30%を目標とする配当方針を定めており、市場からの期待に応えて安定配当にコミットすることは重要な株主還元策と捉えています。日本株が34年ぶりにバブル期の高値を更新するなかで、海外投資家との面談機会が増加してきました。特にツルハ、ウエルシアとの経営統合の協議開始を公表して以降、ドラッググストア業界の集約に当社がイニシアチブを取っていくことに対して、投資家からの期待の大きさを感じています。当社の取締役会の過半数を占める社外取締役は3人が外国籍で、小売業界に対するグローバルな視点を有しています。彼らのアドバイスを十分に反映し、日本国内からアジアに事業基盤を拡大してきた当社がアピールすべき点、改善を要する点に関して、積極的に議論を重ねていきます。また、気候変動、人的資本、人権への取り組みなど、非財務資本に関する情報開示にも注力していきます。

真の企業価値向上へ

 2021年にスタートした現中計は、コロナ下の環境激変に見舞われたため、目標数値のローリングが必要になっています。それと合わせて、現在は次期中計策定への準備を進めています。国際的なビジネス規範の変化などの外部要因や新リース会計などのレギュレーションの変更など、対応すべき課題は多くありますが、5年、10年といった長期的な視座から、基本理念と未来ビジョンをベースに、短期利益の獲得に捉われない経営を進めることが重要であると考えています。

 グローバルな競争環境のなかで、当社の置かれた状況も個社の戦いからグループ総力を挙げた戦いにシフトしています。個社の強みに加え、商品や物流、ITなどの機能を拡充し、スケールメリットを活用していくことが我々の取るべき戦略であると考えます。それは単純な合理化ではなく、自主自立精神で成長する遠心力と、企業理念と未来ビジョンで束ねられた求心力を内包するコングロマリットの強みを融合すること、これこそが真の企業価値向上につながるものと確信しています。今後もスケールメリットを追求しながら、事業間の有機的な連携を図り、グループシナジーを最大化することにより、コングロマリット・プレミアムを実現し、ステークホルダーの皆さまの期待に応えていきます。

執行役

財務・経営管理担当

江川 敬明

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